元期間工、長期失業中の男が綴る毎日の食事とか、就職活動とか、無気力生活とか・・・・・・:)

「界」という言葉、区切りとか境とか仕切りという意味で使われる。他の意味も、おおよそそれで理解できると思う。

「世界」とは、あの世とこの世の境の場所、と何かで読んだ。区切りのつかない毎日を過ごしているのだけれど、そうなるとどこで生きているのか分からなくなったりする。もちろんあの世ではないのだけれど、ボクのいる世界がいったいどういうものなのか、ということの曖昧さということ。

生きている実感とはなんなのだろうと思う。食べるとき、なんてのは特に感じるのかもしれない。食べなければならないと考えるときもそうかもしれない。要するにめしの問題なのだろうと。

めしが最低限のことで、そこから派生する。おいしいものを食べる、綺麗な洋服を着る、広い家に住む、なんてことに繋がるのだろう。シンプルに考えるとめしを食えるだけで幸せなはずなのだろうと。単純に生きられなくなってしまっているのは、それだけ卑しいからなのかもしれない。

過食だ飽食だと言われはじめてから、世の中が少しずつおかしくなったのかもしないと思う。というか過食し飽食しなければならない経済環境に住んでいるということなのだ。要するに内需拡大を続けなければこの国の経済は破綻すると言うことだ。

それを個人の生活レベルで考えると、いらないものまで買って、食べ過ぎるほど食べて、肥え太ってそしてダイエット、使えるのに捨てて、というムダなことをどれだけしていることか。大量生産大量消費こそが美徳なのだから。もう脱却できないでいるのだろうと思っているのだけれど。どれだけ肥え太っても、ビリーズオートキャンプやコアリズムなんて魔法のダイエットが開発されるのだから、安心というわけだ。

昼食

うどん

うどん

夕食

ギョーザスープ

ギョーザスープ

20:38
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