元期間工、長期失業中の男が綴る毎日の食事とか、就職活動とか、無気力生活とか・・・・・・:)

このブログの更新も半月ぶり。
その間のボクといったら、少し規則正しい生活をしながらも相変わらず鬱々とした気分のまま無為の時間を過ごしていたんだ。もったいないと言えばもったいない。一冊の本さえ読まなかったし、文字からだけではなくてほとんどのボクの回りもものと断絶をしていた、そんな時間だった。

紫陽花が咲いた。
昔、紫陽花は必ず見に行っていた。「見に行く」という行為がなんだかとても作為的に思えるようになってからは、花を「見に行く」ことを止めた。道端に咲いている花たちは無視して、見せるために栽培し、その数を競う花畑がなんとなく哀しく思えた。それは(今思うと)製造ラインで働く期間工のように感じるようになったんだ。

紫陽花だけではなくて、コスモスや薔薇なんてのも「何万株」とか「何万本」なんて数の権威で人が集まる。全てがそういう仕組みになってしまっていて、例えば花火大会なんてのも、なんだか全てが資本主義的になってしまったようで嫌になっていた。

その花畑ではなくて、道端の花を見捨ててしまう行為が悲しくなっていた、ということなんだけれど。

いろいろなものがその数や量による権威主義になってしまっていて、美に対する意識にさえも、そういったものが判断基準になってしまっている。それとは違う、例えば侘び寂びなんて伝統的な美意識を打ち捨ててしまっているのかもしれないと思うと、ボクたち自身が気づかない内に大量消費という病に侵されてしまったかなあ、なんて思っていた。

ポツリと野辺に咲く、あるいは散ってしまって道路の上で雨に打たれている花にさえ目を向けるという気持ちこそ大切なのかもしれないと考えていた。ボクの写真はそういう「寂しさ」みたいなものを目指しているのだけれど…。

昼食

焼きそば ライス

焼きそば ライス

珈琲ライフ贅沢倶楽部|ドイコーヒー

そういえば、土居コーヒーの豆を買っているのだけれど、これはお勧めかな。値段的にもね。グラム500円、一杯あたり50円だから。

「界」という言葉、区切りとか境とか仕切りという意味で使われる。他の意味も、おおよそそれで理解できると思う。

「世界」とは、あの世とこの世の境の場所、と何かで読んだ。区切りのつかない毎日を過ごしているのだけれど、そうなるとどこで生きているのか分からなくなったりする。もちろんあの世ではないのだけれど、ボクのいる世界がいったいどういうものなのか、ということの曖昧さということ。

生きている実感とはなんなのだろうと思う。食べるとき、なんてのは特に感じるのかもしれない。食べなければならないと考えるときもそうかもしれない。要するにめしの問題なのだろうと。

めしが最低限のことで、そこから派生する。おいしいものを食べる、綺麗な洋服を着る、広い家に住む、なんてことに繋がるのだろう。シンプルに考えるとめしを食えるだけで幸せなはずなのだろうと。単純に生きられなくなってしまっているのは、それだけ卑しいからなのかもしれない。

過食だ飽食だと言われはじめてから、世の中が少しずつおかしくなったのかもしないと思う。というか過食し飽食しなければならない経済環境に住んでいるということなのだ。要するに内需拡大を続けなければこの国の経済は破綻すると言うことだ。

それを個人の生活レベルで考えると、いらないものまで買って、食べ過ぎるほど食べて、肥え太ってそしてダイエット、使えるのに捨てて、というムダなことをどれだけしていることか。大量生産大量消費こそが美徳なのだから。もう脱却できないでいるのだろうと思っているのだけれど。どれだけ肥え太っても、ビリーズオートキャンプやコアリズムなんて魔法のダイエットが開発されるのだから、安心というわけだ。

昼食

うどん

うどん

夕食

ギョーザスープ

ギョーザスープ

午前中に病院。
ハローワークの近くの病院にいったら、病院も行列ができていて「約1時間半待ち」と言われた。そのまま待合室で待っているのも疲れそうだし、身体にも悪そうだったので、また来るということを告げて外に出る。その1時間半前に戻って来て待合室で待つこと1時間、やっと診察。

結局2時間半ほどの待った。お昼を過ぎていて診察時間オーバーだったのだけれど、ボクの後ろにもまだ4~5人いたから、きっと医師も看護師もお腹を空かせて「はあ~、今日も多かったね」なんてご飯を食べるのだろうと思った。

そういう姿を見ていると、医療関係の仕事はサービス業でもあるし大変だなあ、なんて思ったり。それでも、受付の人、外来患者よりも薬品会社の人に愛想が良いよなあ、なんて感じたりもした。「なんかもらってるのか」とか思ったり。

健康保険がないと病院に行くのも躊躇う。いったいどれだけかかるのか分からないし、ましてメニューがあるわけでも、自動車修理工場のように「標準工賃」なんてのがあるわけでもないし。

すし屋の「時価」みたいなもんで、それなりの覚悟はいる。すし屋なら、ま、一貫1万円なんてことはないけれど、医者はあるだろうし。レントゲンなんて「大間マグロの大トロ握りと刺身で。ついでにお土産に握って」なんて言うようなものだけれど。それでもすし屋は注文しなければいいだけの話なんだけれど、病院は「あ、それは良いです」とか「レントゲンなしで」と、まるで「サビ抜きで」という感覚では言えないから困ったものなんだけれど。

まずメニューが出て「お客様の症状の場合は、当院ではこちらのコースになっていますが」とA、B、Cなんて分かれていて、患者が選択できると良いのにね。もう店、じゃなくて病院の前にショーケースがあってメニューがおいてあれば気が楽なのに。

で、たまにランチバイキングとかがあると「お、今日はあの病院、受診し放題だね。ちょっと行ってくるか」なんてことにもなるし…。ポイントも付けたりして、100ポイントで人間ドッグ1回、なんてことになると良いのに…。無理か?

ま、保険証があれば問題はないのか。それに高額医療費は返ってくるし…。貧乏妄想…。

昼食

巻き寿司、いなり、サラダ巻き

巻き寿司、いなり、サラダ巻き


と今日は昼食会。でも病院だったので、スーパーで買ってきた。

夕食

野菜炒めカレー

野菜炒めカレー

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