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そして室戸の見える夕暮れ時にボクは沈んでゆく(9日目の4)

In : 9日目, 発心の地, Posted by 田原笠山 on 2008/10/27

宍喰温泉を14時30分に出発した。
温泉に入ったからだろうか、痛みは減っているようだったけれど、緩んだ筋肉が重く感じた。もう室戸岬までは40㎞という位置にいた。明日には着けるかもしれないと思った。そしてボクはいつの間にか高知県に入っていた。水床トンネルの中間地点が県境だった。

県境を越えるという感激みたいなものもなかった。発心の道場から修行の道場に入ったという宗教的な胸の高鳴りもなかった。国境を越える時のような緊張感、そして煩雑な手続きも必要なかった。ボクは同じように歩いていた。

東洋町の海岸は綺麗だった。16時に白浜海岸で休憩をした。設備の整った海岸だった。観光客だけではなくて地元の人たちもその海岸に集まっては、帳の降りる前の景色を前に今日の出来事を話しているようだった。もう何年も前から同じことが繰り返されているのだろうと思った。ボクは少し離れたところでバターピーナッツを食べた。そして立ち上がった。寝る場所としては人の気配が多すぎたし、儀式のような繰り返される風景の中に立ち入ることが憚られた。

相聞トンネルを抜けて坂道を下ると、ボクは海岸に出た。室戸岬が綺麗に見えた。闇が全てを覆い尽くしてしまうその前に、涅槃像と見まがうほどの全容を海に横たえていた。ボクはそこで立ちつくす。手を合わせた。そうすることが正しい行いのように思えた。そして高知に来たということを実感した。

その実感とともに、涙が溢れてきた。ここに来るまでにもユリさんのことは毎日思いだしていた。ボクはそこに来ることが予め決められていたことのように感じた。運命とはそういうものだ。人は死ぬ。そして空へかえる。土のかえる。海にかえる。循環の中にボクたちはいる。宇宙とはそういうものだ、と、ボクは考えていた。

朝陽の登る方向にテントを張った。ボクは自動販売機で買ったパン2個とおにぎり、ブラックサンダーを食べた。それでもお腹は空いていた。闇がボクの存在を隠してくれた。闇の中にいるほうが安心できた。暗闇の中、波音だけが増幅していった。

野根の海岸にて

野根の海岸にて

*内妻海岸~野根海岸
*野根海岸泊

(出費)
・ローソン海陽町杉谷店
レタスハムサンド 245円
デカウマソーセージ 113円
おにぎり辛子高菜 110円
おにぎりカツオ 105円
おにぎり紀州梅 105円
おにぎり日高昆布 110円
ブラックサンダー 32円
キシリミルク飴 100円
単三電池2P 289円
(小計 1209円)

・自動販売機
コーヒー 120円
スポーツドリンク2本 300円
水 100円
菓子パン2個 200円

合計 1929円



そして修行の道場へ(9日目の1)

In : 9日目, 発心の地, Posted by 田原笠山 on 2008/10/27

朝、目ざめると、そこは良い場所だったということが分かった。
内妻海岸に前夜22時に着いて、そのまま幕営して眠りに落ちたボクは、熟睡していたし、少し遅い朝を迎えていた。身体は完全には回復することはなかったのだけれど、筋肉や関節、皮膚や骨の痛みは和らいでいた。

テント入り口のファスナーを下ろして外に出た。薄曇りの空、太陽は水平線のあたりにいるという気配だけは分かった。近くにはトイレがあり水道があった。橋の下には休憩所もあった。「内妻荘」が見えた。明るい内に着いていたら、と、また後悔した。タイミングが悪すぎる、と思った。少しずつずれていると感じた。勝浦での半日を動いていれば、と思った。

犬の散歩の人がテントの近くに来たので挨拶をした。「昨夜はここに泊まらせていただきました」いつもそう言った。「もう寒いでしょう」とその男性は答えてくれた。「はい」とボクは答えた。。

そして「どこからですか」というようないつもの会話をして、その人は海へ向かって歩いて行った。ボクは撤収を始めた。テントは少し結露していた。そのことで寒さを確認した。

7時、パッキングを済ませると、国道へ向かって歩き始めた。鯖大師を通り過ぎて、あさかわ駅前の待合室にて休憩。1時間しか過ぎていなかったのだけれど、なんだか疲れていた。ベンチに荷物を置いてトイレに行った。そして缶コーヒーを飲んだ。

しばらくすると、今来た道をお遍路さんが歩いてこちらへ向かってきていた。近づくと、Kさんだと分かった。ボクは手を振った。日和佐で10キロ以上先にいっているはずのKさんだったのだけれど、その10キロを昨夜22時まで歩いくことによって、追い越してしまったのだ。正確には、Kさんは内妻荘に宿泊していたので、今朝ボクが追い越したことになるのだけれど。

Kさんが待合室にやって来た。日和佐からの2日間のことをお互い話して、Kさんが先に出発した。ボクは「もう少し休んでから行きます」と言った。「じゃあ、またね」とKさんは言った。

少し足が痛そうだった。ボクも痛かった。踵のところに出来た豆が治らないでいたし、つぶしてもその横にまた出来たりで、範囲が拡がっていた。片足だけではなくて両足、同じよう場所。それでも「BAND-AID キズパワーパッド」は、かなり効果的に傷を治していたし皮膚を保護していた。痛みの場所が確認できるということは、それだけで安心できた。

この後、膝を痛めるのだけれど、どの部分が痛いのか見えないということへの、恐怖みたいなものがあった。それに原因が分からないということは、それだけで不安になった。踵の豆は、そこに在って、それがボクの痛みだった。原因だった。

存在への認識がないと人は不安になる。例えその認識が間違っていたとしても、確認できれば安定するのだろう。訳の分からないものを、訳の分からないもののままに出来るほど、人の精神は怠惰でもないように思う。怠惰ではないのだけれど、その答えが出ないと、不安定になる。例えば「自分の存在」なんてのもそうだろうと考えていた。

ボクは立ち上がってザックのショルダーハーネスを右肩にかけた。そして左肩。ヒップベルトを締めた。右手に持った金剛杖でコツンと地面を叩いた。それを合図に右足を一歩前に出した。歩き始めた。

内妻海岸にて
出羽島(内妻海岸にて)