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巡礼、ボクとの出逢い(43日目の5)

In : 43日目, 涅槃の道場, Posted by 田原笠山 on 2008/11/30

夜がまたきた。いつも通りだった。ボクの中の何かが変わっていたということもなかった。奇跡はそう簡単には起こらない。覚醒するなんてこともなかった。まったく同じことが繰り返されていた。そして目の前の風景も同じだった。

県道12号線と14号線の交差点を左折して宮川内谷橋のところでヘッドライトを取り出した。車のヘッドライトで道は確認できてはいたのだけれど。

橋を渡りきって県道139号線に入った。上板局、上板町役場、43日前に通ったときと同じ風景だった。夜だったのだけれど、ハッキリと覚えていた。そして12号線に合流、スーパーでぐちに着いた。18時ちょうど。当たり前なのだけれど、同じものがそこにあった。どこに弁当売り場があるかは、分かっていた。ボクは常連客のようにそこへ一直線に向かった。そして夕食用の食料を買った。

スーパーでぐちを出て上板スポーツ公園グラウンドに向かった。あの日、10月19日、四国での初めての夜と同じだった。時間もちょうどそんな時間だった。懐かしかった。18時20分、公園着、そのまま今度は3塁側ベンチに向かった。1塁側にあのミスタースモークが来たら、なんて考えたので3塁側を選んだのだ。

上板スポーツ公園1塁側ベンチ(2日目10月20日に撮影したものです)

上板スポーツ公園1塁側ベンチ(2日目10月20日に撮影したものです)

着いて腰を下ろす。あたりはすっかり夜。
ボクはスーパーで買ったいなり寿司やカボチャ煮、高野豆腐の煮物、少し贅沢な夕食をとっていた。1塁側で何かが動いた。そしてライトが灯った。誰かがいるのだ。きっと先に来た遍路がいるのだろうと思ったし、それらしいシルエットだった。

ボクもその遍路もどちらともそのままでいた。何度か挨拶に行こうかと考えたけれど、なにも話さないほうが良いように思えた。

あの日のボクがいるように感じた。
ボクはじっと暗闇の向こうでかすかに動く影にボクを見ていた。いろいろな気持ちを抱えて不安な一日目の夜を過ごしている。疲れ果ててはいるものの、眠れぬ夜。不安ばかりが膨らんでしまって、朝の来るのを待ち望む深夜。夜の底に沈みこんだ闇、そして恐怖。

もうずいぶん昔の出来事のようでもあった。反対側のベンチにボクがいるのだけれど。まるで懐かしい写真を見るようでもあった。終わりの始まり。

食事が終わるとグランド入り口のところにある水道で顔と髪を洗って体を拭いた。そのあとベンチに戻り寝袋にもぐりこんだ。寒い夜だった。ボクたちは沈黙の夜の中にいた。そしてボクは眠りに落ちた。

朝焼けが東の空に見える霊山寺、大麻町

朝焼けが東の空に見える霊山寺、大麻町

さぬき市前山~ 板野郡上板町
上板スポーツ公園泊

(出費)
・大窪寺野田屋
くず湯3個 1000円

・サンクス土成店
輝く微糖コーヒー 137円
ウィダープロテインバー 137円
スナックパン8P 179円
おにぎりツナマヨネーズ 105円
おにぎりカツオオカカ 115円
(小計 673円)

・スーパーでぐち
いなり寿司 300円
かぼちゃ煮 178円
高野豆腐 105円
菓子パン 137円
(小計 730円)

・自動販売機
缶ココア 120円
缶紅茶 120円
缶コーヒー 120円
プリングルスポテトチップス 150円
(小計 510円)

(合計 2913円)



胎蔵(42日目の3)

In : 42日目, 涅槃の道場, Posted by 田原笠山 on 2008/11/29

14時55分に長尾寺を出発し、県道3号線鴨部川沿いの坂道を歩いていた。ここから大窪寺へのいくつかルートがあるが、大きく別けて2つ、女体山越えと国道377号線で登るルートだ。この女体山越えが、それまでのどのへんろ転がしにも負けず劣らず、難所だった。

女体山遍路道にて

女体山遍路道にて

ボクは前山おへんろ交流サロンか道の駅ながおに野宿をして、次の日に結願寺である大窪寺を打つ予定にしていた。16時20分、その交流サロンに着いた。閉館していた。誰もいなかった。16時までという貼紙がしていた。20数分…。17時ではなくて、16時だと分かっていたら間に合っていただろうと思った。それでも6キロ弱を1時間で歩くことは、かなり疲れるとしても。

交流サロンに隣接してある東屋の中にはすでにテントが2張あった。中で休んでいるようだった。同じように明日朝出発するのだろうと思った。ボクはその先の川原に下りた。そしてテントを張れる場所を探した。その辺りに張れば良いと思ったのだけれど、今にも雨が降り出しそうな空模様に変わっていた。朝から変な天気だった。

ボクは道の駅に行った。17時には閉店になると思ったので、その後にどこか軒下を借りて横になろうと考えていた。表側だと目立つので、裏に回った。そして店舗裏の軒下に腰を下ろした。もうそこに素泊りしようと思った。山の中で冷え込むと思ったけれど、そして雨も降るだろうけれど、それでもよかった。最後の夜だった。

暗くなってから、ボクはマットを出して敷いた。それから寝袋を出した。レースのカーテンのように街灯が霧雨を浮かび上がらせていた。それから少し雨足が強くなった。

食事をした。ソーセージとカロリーメイト、志度寺で頂いた柿を2個食べた。気温がスッと落ちるのが分かった。使い捨てカイロを足元に入れた。そして腰に一枚貼った。目を閉じたら眠っていた。

2時間ほどして目がさめた時にトイレに行き歯を磨き顔を洗った。前日ホテルに泊まったので、まだ綺麗だった。なによりも全てのものが湿気てなかった。それからねぐらに戻って寝袋に収まった。

少しして声がした。「あ、ここにテントを張りますから」と聞こえた。建物の横にテントを張っている気配がした。遅い時間に着く人もいるものだと思った。女体山越え、そして結願へのベースキャンプとなっていて、4組の遍路が明日を待っていた。雨は降ったり止んだりを繰り返してた。それでも、止む気配がしていた。テントからはラジオ番組が聞こえていた。ボクは眠った。

売店裏軒下 素泊り一泊無料也

売店裏軒下 素泊り一泊無料也

高松市春日町~さぬき市前山
道の駅ながお売店裏軒下泊

(出費)
・そば処六六庵
かけうどん 350円
おでん(厚揚げ、こんにゃく) 220円
(小計 570円)

・麺喰志度店
親子丼セット 500円

・自動販売機
缶コーヒー×3 360円
ミルクティー 120円

(合計 1550円)



八十番国分寺、雨の野宿(40日目の3)

In : 40日目, 涅槃の道場, Posted by 田原笠山 on 2008/11/27

雨の中を八十番札所国分寺に着いたのは16時20分だった。山門をくぐり境内に入ると、雨は小降りになった。そして止んだ。その夜は降り続けた雨なのだけれど、ボクが国分寺にいる時と国分駅に行ってしばらくの間、1時間ほど止んでいた。

千体水子地蔵 生まれてこなければ苦しまずにすむかもしれない、と思っている。

千体水子地蔵 生まれてこなければ苦しまずにすむかもしれない、と思っている。

国分寺はその名のとおり、「聖武天皇が天平13年(741年)に発した国分寺建立の詔により、日本各地に建立された国分寺の1つ」(Wikipediaより)である。四国には1000年を越す歴史がすっぽりと残っている。そしてそれを取り囲むように現在文明が開けている。

遍路の道とは実際の道路を歩くだけではなくて、そういう歴史や精神世界の空間と空間を歩くことなのだろうと思った。いや、それが遍路なのだろうと。だとすると、本質的なところは、歴史を忠実にトレースすることなのではないかと考えた。今もなお逆打ちをして弘法大師空海に逢うことを試みる遍路や、古の遍路道を残そうとしているへんろみち保存会の方たちの思いも、空間と空間の旅、それは時間というものに制約されないという、精神的なもの、宗教の姿なのだろうと考えたりした。

16時50分、国分寺発。17時JR予讃線国分駅着。しばらくベンチで座っていた。夕方の通勤通学客で少しだけ賑わっていた。駅のベンチは最近よくある肘掛で仕切られているタイプだった。肘掛の目的よりも、そのベンチで眠られないようにしたのだろうと、思っていた。

18時になって、雨が少し強く振り出した。どうしようもなかった。男性が隣に座って、話をしてくれた。「もうあと数日なのでお気をつけて」と励ましていただいた。そして「寝るのなら、そこの自転車置き場のほうが良いかもしれませんよ」と教えてくれた。そして「これでコーヒーでも」と500円頂いた。

男性はそのままホームに行った。ボクは、手を合わせて男性に頭を下げた。少し涙ぐんだ。夜になり冷え込んでいた。ボクは自転車置き場に行った。そして一番端にマットを敷いて座った。

ローソンで買ったおにぎり3個と昨日のバナナを食べた。電車が着くと何人かが自転車置き場に来た。ボクがいることが分かると少し驚く人もいた。多分、逆だったら、かなり驚くだろうと思った。薄暗い小屋の片隅に男が座っているのだから。

寒くなったので寝袋を出してもぐり込んだ。カイロをふたつ足元に入れた。しばらくしたら眠っていた。そして電車が着くと目がさめた。何度か繰り返しながら、時間が流れていった。

屋根のあることの幸せ

屋根のあることの幸せ

善通寺市善通寺グランドホテル~高松市国分寺町JR国分駅
国分駅自転車置場泊

(出費)
・手打ちうどんつづみ
ぶっかけうどん大盛り 310円

・ローソン坂出加茂店
スパイシーデカウマソーセージ 113円
カロリーメイト 105円
チョコチップスナック(8) 179円
おにぎりシーチキンマヨネーズ 105円
おにぎり日高昆布 110円
おにぎりかつお 105円
(小計 717円)

・自動販売機
缶コーヒー×2 240円
ミルクティー1 120円

(合計 1387円)



冬装備、猫カイロ(37日目の2)

In : 37日目, 菩提の道場, Posted by 田原笠山 on 2008/11/24

延命寺を13時10分に出発した。雨はもうほとんど降っていなかったし、晴れ間も見えていた。それでも風景はまだ雨の中にあった。

延命寺前から遍路道を通り、国道11号線に出たところでそのまま国道を歩いた。遍路道はその国道に沿って続いている旧道、そして松山自動車道と平行して走っている道路がもうひとつの遍路みちだ。その2本が四国中央市、伊予三島の三島公園で繋がる。ボクは伊予寒川のまで11号線を歩いて、ファミリーマート寒川西店に寄った。15時05分。2時間ちかく歩き続けた。天気が良くなると湿気が身体にまとわりついて汗となっていた。

ファミリーマートから旧道に入り寒川小学校、寒川郵便局を通る県道126号線を歩く。ひよけ大師経由でAコープに進む遍路道を通り自動車道の高架下を抜けた。三島公園、そしてその先にある戸川公園に着いたのは17時00分、もうそこまで夜はやってきていた。

戸川公園の東屋を見つけるとそこに向かった。ひとり、遍路がすでに座っていた。そして「こんにちは」とどちらからとはなく挨拶をする。見るとまだ若い青年遍路だった。「雨上がって良かったね」と言った。「そうですね、ほんと道がぬかるんでいてどうなるかと思いました」「って、どこから?」「あ、ぼく、逆打ちで、今日は雲辺寺から来ました」「そうなんだ、山をふたつ越えたってことか。大変だったね」と話をした。

伊予三島、戸川公園

伊予三島、戸川公園

「ここは野宿禁止らしいんですよ」と青年が言った。「その先に看板が立っていて書いてました」と続けた。「え、そうなんだ、どうするかなあ」と少し考えたけれど「ひと晩お願いするか」とボクが言うと「そうですね、もう動けないし」と青年が言った。

青年は食料を持ってないらしくて、近くのコンビニまで行く体力もないということだった。ボクは寒川のファミマで買い物をしていたので、十分ではないにしろ持っていたのだけれど、明日の三角寺、椿堂という山越えに必要だった。

青年はそこから2キロ先のコンビニがとても遠くに思えたのだろう。そして戻ってきて、さらに同じ方向に明日向かうとなると、6キロの行程が無駄になる。そういう気持ちも分かっていた。ボクはピーナツを一袋接待した。「これで500キロカロリーだから、そこの自販機で缶コーヒー飲めばひと晩は大丈夫だよ」と言って渡した。青年は何度も頭を下げた。それからボクはチョコッチプパン8個入りとプロテインバー1個を、青年はムシャムシャとピーナッツを食べて夕食を終えた。

猫が1匹いた。青年はその猫を「今夜のカイロが来ました」と撫でていた。その通り、その猫は一晩中彼の寝袋の中にいたようだった。夏用の寝袋だったので、どこかで買おうと思っていると話していた。まだ始まったばかりの彼の旅の装備にしては、すこしばかり軽いように感じた。これから本格的な寒波がやってくるのだから。

18時30分までは憶えていた。それからどちらとも疲労困憊していたのだろう、いつの間にか眠りに落ちていた。それでも何度か目がさめたのだけれど、静かな公園の夜と1人ではないという安心感からか、いつもよりは熟睡できた。

三角寺への遍路道から見える伊予三島、三島川之江港

三角寺への遍路道から見える伊予三島、三島川之江港



夜逃げ遍路(35日目の3)

In : 35日目, 菩提の道場, Posted by 田原笠山 on 2008/11/22

生木地蔵(生木山正善寺)に着いたボクは、納経所と思われる建物のほうへと歩いて行った。お婆さんとお孫さんだろう女の子が入り口ちかくに座っていたので「なまき地蔵はここでしょうか」と訊ねた。老女は「いききですよ」と言った。

「あっ」とボクはその間違いをまた繰り返したこと、そのことに驚いた。一度目は途中、道を訊ねた時に言ったのだ。「生木」を「いきき」と最初から読めないで「なまき」と読んでいた癖みたいなものが出たのだ。地図にも「いきき」とルビがふっていたのだけれど…。

「すみません」とボクは詫びて「こちらで泊まらせていただけると聞いたもので」と言った。すると老女は「その上にお泊まりいただいたのですが、今はいろいろあってお断りしているんですよ」と答えてくれた。「そうですか。それではこのあたりでどこか泊まれるような場所はないでしょうか」とまた訊いた。「その先の曲がったところに公園があって、そこに寝ているお遍路さんもいるみたいで」と教えてくれた。少し詳しくその丹原総合公園への道を聞いてお礼を言って生木地蔵を後にした。

明日は横峰寺、あの山へ向かってゆく

明日は横峰寺、あの山へ向かってゆく。風景は哀しすぎるほど静かだった

暗い道は距離よりも長く感じる。不安になっていた。橋の手前で車を止めて訊ねた。というか確認した。30分、(とても長く感じたのだけれど)歩くと大きな公園らしきところに着いた。18時00分。そしてその公園に併設さえている球場のほうへと歩いて行った。球場のベンチ、最初の夜の上板スポーツ公園が思い出された。そしてぐるっと一周回って、三塁側のベンチに座った。それからパンとソーセージを食べた。途中で缶コーヒーを買っていた。もう冷えてしまっていたのだけれど、ねぐらが決まると安心した。18時30分だった。

疲れていた。マットを取り出して空気を入れた。寝袋も出してその上に広げた。そしてもぐり込んだ。もうそのまま眠ってしまおうと思っていた。駐車場で人の声がしていた。

すると突然、隣接しているテニスコートの照明が点いた。あのナイター設備の電灯独特のゆっくりした点き方をした。賑やかな声がしてきた。そしてボールの音が響いてきた。それでも少し離れた場所なので関係ないと思って寝ていた。5分いや10分すると、野球場の電灯がパッチっと音を立てて点った。そしてまたあの独特の光がゆっくりと球場の中央を照らした。

「あ、ここもか」とボクは慌てて寝袋から出た。何人かがセンター側の入り口からグランドに入ってきた。ボクはマットと寝袋を持ち、そしてザックを背負い菅笠、金剛杖をつかむと、ベンチの横の出口からグランドの外に出て、それからグランドに沿ってセンター入り口に向かった。夜逃げ遍路、みたいなもんだなあ、と笑った。誰も何も言わないけれど、何か悪いことをしているように思った。実際そこは寝るところではないので、悪いことなのだろうけれど。

体育館の上の東屋に行った。そしてベンチにマットを敷き寝袋を広げた。グランドではサッカーの練習が始まっていた。19時から21時か22時まで、その時間で借りているのだろうと思った。下の体育館ではバレーボールをしているような音や声が聞こえてきた。

東屋の場所は暗闇だった。
惨めだとは思わなかったけれど、ネズミのような自分を想像していた。コソコソすることもないのかもしれないけれど、後ろめたさがあった。

スポットライト、というよりも、脱走犯が見張塔からのサーチライトに照らされている、そんな感じだと思った。21時を過ぎると電灯は消えてゆき、そして声もなくなり、駐車場を後にする車の音が泣き声のように聞こえた。さよならの合図なのだろうクラクションが闇に突き刺さった。

喩えようのない暗さが訪れた。暖かい夜が救いだった。

遠く西条

遠く西条

今治市通町~西条市丹原町久妙寺
丹原総合公園東屋ベンチ泊

(出費)
・サークルK今治片山店
ニッスイジャンボソーセージ 113円
ブラックサンダー×3 93円
カロリーメイト 210円
貼るカイロ1P 53円
(小計 469円)

・ラーメン福ちゃん
中華そば 400円
おでん厚揚げ 100円

・自動販売機
缶コーヒー×2 240円
スポーツドリンク 150円

(合計 1359円)