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遍路旅の準備(1)

In : 出発まで, Posted by 田原笠山 on 2008/10/13

思い立って一週間が過ぎた。
その間ほぼ毎日歩いている。短い日は1時間、長い日は3時間約15キロほど歩いている。荷物を背負ってないので足への負担は少ないのだろう、豆も出来てな いしそれほどの痛みもない。ただふくらはぎの前の筋肉(前脛骨筋(ぜんけいこつきん)というそうだ)が初日、歩き始めてすぐ痛みを感じて、それが続いてい る。歩き方が悪いのだろうか。

勝浦にて

歩く、という行為が難しい。歩き方を考えていると、ぎこちなくなるし動けなくなる。

少し山歩きをしていたので歩くことには慣れていたはずなのだけれど、山道、登りと下りや起伏のある土の道とは違って、アスファルトの上は単調で、その単調 さが歩き方の癖なんかをピンポイントで狙う。前脛骨筋の痛みも、きっとそういった癖か、あるいは微妙な要因、例えば靴ヒモの結び方や締め方の調整が間違っ ていたりするのだろうと思っている。

3日間は今まで履いていた軽登山靴で歩いたのだけれど、どうもアスファルトの上には合わないように感じたし、ソールの接着部分が経年劣化なのだろうはがれ始めていたので、新しいものを買った。それで少し楽になった。歩くことに慣れたのかもしれないけれど。

道具については出発前に少し書いておこうと思う。

歩き遍路なので軽くしたいし小さくしたい。それには山道具を使うことだと思う。幸い少しは持っていたのでそのまま遍路旅に使おうと思う。最近の(いや以前 から)登山はlight and first というのが基本にあると感じる。荷物をグラム単位で計る。もちろん減量化のためだ。例えば歯ブラシの柄までも短くする。わずか数グラム軽くするために。ま た山用品のカタログ(道具でも服でも)には重さが明記してある。軽量化と高性能ということを両立させるために、メーカーの努力は並々ならないものがあると 想像する。その努力や開発費用に対しての価格を支払っている、という感覚がボクにはあって、それが企業に対する期待値だと考えている。株式というのも、ほ んとうはそういうものなのだろうけれど・・・。

驚くほどの軽量化された道具もある。例えばテントは1キロちょっと、シュラフは軽さもだけれど、3リットルぐらいに収納できるオールシーズン用のもある。

この冬のパタゴニアのカタログには防寒着、シェルを入れて衣類の重量が2353グラムという軽量化さてたものが「山のユニフォーム」として紹介されている。着てしまえば、荷物になるのは1キロも満たない重量だろう。

軽さを買う、というのが山用品の世界のようでもある。グラム数が減ると値段が高くなる。普通の売買とは逆なのだ。限りなく0になればなるほど高価になる。 それでも比例しないものもあるし、逆に軽いのが悪いものもあって、そういった四国遍路のガイドブックを読むと「とにかく軽く」なんて書いているのだけれ ど、例えばザックは、あまり軽すぎるとぎゃくに肩や腰に負担がかかるし、それなりに重量があるものでも背負いやすいものは荷物の重さを感じさせないものも ある。そのあたりは背負ってみてしっくり来る方が良いと思うのだけれど・・・。

それでも、そうやって考えていると、結局は何ももたないことが最軽量化なのだと思う。何も持たないで1200キロを歩くことが出来るのだろうかと、考える。そこから増やす。減らすというよりも、0から始めるほうがいいのかもしれない・・・。(つづく)



旅に出ようと思う

In : 出発まで, Posted by 田原笠山 on 2008/10/12

けふもいちにち
風をあるいてきた

山頭火

金木犀

巡礼の旅、四国八十八カ所遍路旅をしようと思う。
そう決めたのは1週間前の日曜日で、なんともならない午後の時間に、突然思った。「発心」というのだろうか、それでも今でもそうなのだけれど、旅というものへの信憑性といった感じの、例えば「旅に出れば何かが見つかる」なんていう、そんな気持ちはほとんど持っていない。

それはボクがしてきた過去の旅で、ボクが分かった唯一の「何か」のようでもある。過度の期待をすると、旅に裏切られるということなのだ。

自分探しの旅をしてきた結果として、あるいは、何かを求めての旅の結果として、現在の自分があるとしたら、ほとんどが無駄な時間を過ごしてきたのだし、人 の言う「貴重な体験」がボクの人生においてなんの役にも立っていないのではないかと考えている。貴重な体験をすること、それにどれほどの意味があるの か・・・。

意味を求めては、何も出来ないのだろう。それに人ひとり、どれほどの存在意義があるのかも、かなり曖昧なのだろうから。求めれば、与えられる、とも思わない。

人生ってのは、生きるのが上手だとか下手だとかいうこと、そういったことで決まってしまうように思う。旅という経験を上手く利用できる人、そういう人もい て、同じような旅をして、同じような感覚を持ったとしても、ちょっとした方法(たとえば言葉とかの表現とか)で、大きく違ってくるとも思う。

ボクは、うまく生きてこれなかったし、それはボク自身に問題があるのだけれど、その結果として、現状があると思う。何かが足りなかったし、何かが間違っていたのだろう。そのほとんどは忍耐ということに関係するように思うのだけれども・・・。

実は失業者なのだ。
3月に失業した。それからポリテクに行った。先日終了した。

失業と言っても、非正規雇用として就労していたので、その4年間に数度失業した。契約期間が過ぎれば失業した。いつも失業の中にいたし、それは失意の日々でもあったように思い出している。

それから続く日々は、もうほとんど、先がないのではないかという閉塞感の中にあって、このままホームレスになるのではないかという、それでもいいや、とい う諦めという感じもしていたりもするのだけれど。まだ少しだけ余裕があるから、このように冷静に考えられるのだろうと思ってはいるのだけれど・・・。

少しずつ旅の準備をしている。
毎日歩いてもいる。
この数日中には旅立つと思う。

少しずつたびだつまでの様子や、旅の様子を綴っていこうと思う。旅にあっては、更新もできないと思うのだけれど、それは帰ってから、また少しずつ綴っていこうと思っている。