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金剛福寺(24日目の2)

In : 24日目, 修行の道場, Posted by 田原笠山 on 2008/11/11

津呂を抜けてペンションサライに着く頃には東の空、ボクの左手に広がる太平洋、その水平線あたりが薄っすらと明るくなってきた。県道27号線、散歩の人とすれ違う。途中自販機で缶コーヒーを飲む。そして膝にインドメタシン液を塗ってテーピングした。冬は確かに近づいていて朝は10度を下回るようになっていた。その寒さが痛む場所にしみる。ちょうど虫歯の時の冷たい水のように。

工事中の道路を下ってゆくと、椿のトンネルがあって、そこを抜けるとしばらくして足摺岬の駐車場やトイレ、その先には旅館やお土産物屋さんが並んでいるのが見えた。トイレに行った。そうして顔を洗って身支度を整えた。それから第38番札所金剛福寺の山門をくぐった。7時10分だった。2組すでにお参りに来ていた。早朝の札所は蒔絵の深い奥行きを感じさせた。

足を引き摺りながら足摺岬にたどり着いた。そう思った。「足摺だなあ」と。納経所でお接待のキーホルダーを頂いた。それがうれしかった。室戸までよりも足摺までのほうが辛かった。高知は泣き所だ。歩きながら涙が流れた。自分の意思とは無関係に流れたりもした。ここで終わりではないのだけれど、ここが折り返しのようにも感じた。次の第39番札所延光寺まで月山神社、宿毛経由で72キロ。また長い旅になる。

この38番金剛福寺から39番延光寺まではいくつかルートがある。来た道を打ち戻るコースで、前日泊まったドライブイン水車のある市ノ瀬から三原村に抜ける「市ノ瀬・三原」「市ノ瀬・長谷真念道」、その手前の下ノ加江から県道21号を通って三原に抜ける「下ノ加江・三原」(地図青のコース)。県道27号を進んで321号線「益野・今の山・三原」、この三原村を通る4つのルートはおおよそ50キロ~54キロ(地図緑のコース)。

「竜串・下川口・下切三原」コースが62キロ、月山神社を経由する「月山・宿毛」コースが72キロである(地図黄色のコース)。
(「へんろ道保存協会編 地図編」参考)

金剛福寺・延光寺ルート図
高知県土佐清水市三崎周辺の地図 – Yahoo!地図

二泊した場所(津呂、市野瀬)に打ち戻れば20キロ、半日は早く着くのだろうけれど、初めから宿毛経由を選んでいた。理由、というか、ただ沖ノ島が見たかった。そしてその向こうに九州が見えるはずだった。九州というよりも大分がすぐそこにあるはずだった。そして宿毛からフェリーに乗ればわずか3時間半でその大分に着ける。そういった意識が70キロという距離を曖昧にしていた。ただ、これから見える風景はボクの記憶の中に明瞭に納まっているものだった。 70キロとは比較にならないほどの年月が過ぎ去っていたのだけれど。

足摺の夜は明けて

足摺の夜は明けて



そして足摺へ(24日目の1)

In : 24日目, 修行の道場, Posted by 田原笠山 on 2008/11/11

津呂の善根宿は道路沿いにあって、それもカーブの終わり(始まり)にあるので、車の音がすぐそばに聞こえて、ヘッドライトの灯りが部屋の中をなめるように照らしていた。それでも交通量が少ないのでうるさいとは感じなかった。寒い夜だった。一度夜中にトイレに行った。タヌキが道路を横切った。

それから2時半に目が覚めた。
宿の本棚にあった漫画「リアル」をヘッドライトの灯りで読み始めた。棚には他に何種類かの漫画や小説、語学テキストなんてのもあった。読んでいればそのうちに眠くなるだろうと思っていたのだけれど逆に目がさえてきて、そこにあった何巻かを読んでしまった。膝はあいかわらず痛んでいた。

5時になった。Kさんが前の道路を掃除している音が聞こえた。しばらくして宿の中に入ってきた。そして電灯を点けた。「おはよう」と言った。

「おはようございます」
「5時半ごろまでに出れば金剛福寺の開門に間に合うから」と言った。

開門に間に合う、という意味が分からなかったのだけれど、それに急いでもいなかったのだけれど「そうですか、それじゃ支度して出発します」とボクは少し急いで寝袋を小さく丸めて収納袋に押し込んだ。それをザックの中に入れてから、顔を洗った。膝のテーピングはしなかった。どこか途中でしようと思った。

5時30分を少し回っていた。ボクは宿の弘法大師像に線香をあげた。それからKさんに「お世話になりました。ありがとうございました」と言った。「気をつけてな」とKさんが言ってくれた。

それからゆっくりと歩き出した。痛みを感じていた。アスファルトの道が黒く延びていた。ヘッドライトの灯りを点けた。

足摺の夜明、遠く室戸

足摺の夜明、遠く室戸