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遍路とは…登山なり?(7日目の2)

In : 7日目, 発心の地, Posted by 田原笠山 on 2008/10/25

思っていた通りの難所だった。いきなり急登、直線距離で2キロ少しを500メートルほど高度を上げてゆく。何も考えられなくなる、ただ足を前へ身体を上へと上げてゆく。その状態で思索するなど不可能だと思った。肉体の苦しみ痛みが、精神の苦痛を忘れさせる。逆はなし、精神の苦痛が肉体の痛みを忘れさせる、ということは稀のようにも思っていた。

「無」ということはそういった肉体と精神の加減なのかと思った。「行」とはそういうことなのかもなんて考えていた。

車道が見えた時にちょうどママチャリ遍路の女性ふたりが勢いよく坂を下っていた。階段を登って山門に辿り着いた。「遍路即登山」・・・・・・。

ベンチにはヘンロ小屋で一緒だったおじさんが座っていた。もう納経を済ませたようだった。「早いですね」とボク。「疲れたね」と言った。それからボクは衣装を整えて、山谷袋から輪袈裟を出して着けた。数珠を持ち、そして本堂に向かう、納札を納め灯明、線香をあげ、そして賽銭をあげた。読経を始める。「無上甚深微妙法・・・・・・」いつものように開經偈から静かに始めた。一週間、札所だけではなくて道中も読経していたので、この頃になるとかなり暗記して、スラスラと唱えることが出来ていた。そう思った。

本堂での納経を済ませると、次は大師堂で納経をした。そして納経所に行って、納経帳に 墨書授印していただく。終わると、納経帳や御影札を山谷袋に収める。輪袈裟も収める。そして、ベンチに腰を下ろして少しだけ休憩した。おじさんの姿は見えなかった。

10分ほど休憩してボクはザックを背負う。10キロほどの荷物が肩だけではなくて腰に膝に負荷をかける。トレッキングシューズが沈み込みのが足の裏を通して感じられる。その反動で一歩を踏み出す。金剛杖を突く、左足を出す。繰り返し。ビブラムのソールを通して大地の感じが伝わってくる。金剛杖を通してもそれが手に伝わる。3つの接点で、ボクは繋がれていた。

鶴林寺から水井橋までの直線距離1.7キロほどを、今度は400メートル以上高度を下げてゆく。そして少しだけ平坦な道を歩き、また登りになってゆく。今度は大龍寺までだ。

鶴林寺直前にて

鶴林寺直前にて