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走り遍路の清滝寺(15日目の3)

In : 15日目, 修行の道場, Posted by 田原笠山 on 2008/11/02

三十四番札所種間寺で納経をすませたのが14時すこし前だった。納経所ではリンゴをいただいた。バナナとリンゴ。ベンチに座ってバナナを食べた。そして足の豆の治療をした。針で水を出す。それを抑えるように救急バンを貼る。それだけのことなのだけれど。

女性ふたりが先に出発した。14時、少し遅れてボクも出発した。

仁淀川大橋の手前で休憩。ふたり連れに追いつきそうになったので、そこでストップ。春野はプロ野球のキャンプ地のはずだけれど、遍路地図ではそれがどこなのかも分からない。仁淀川大橋を渡り右折。川原にはテントを張る良い場所が多い。張野…なんてひとりで笑っていた…。

15時59分(そう日記に書いているのは、コンビニのレシートを元にその日記を起こしたからだろう)ローソン土佐高岡バイパス店に着く。夕食を買う。この先三十五番札所清滝寺まで3キロメートル少し。山道、急登あり…。5時までに着けるのか、と考えた。1時間、もし納経所が閉まったら、明日朝また登らなければならない。駐車場にテントということも考えていた。

と「無料宿泊所一覧表」を見た。三十三番雪渓寺、三十四番種間寺、そして三十五番清滝寺と「通夜堂あり」となっていた。そこに泊まろう。今日は泊めていただこう、と思った。それでも、納経はその日のうちにしたかった。そして翌朝早く出発したかった。

歩き始めた。高知自動車道の高架の下を過ぎた先で、あの女性ふたり連れが向こうからやって来た。「あれ~、早すぎですよ」と言った。

「奥の手を使ったもんね」と、彼女たちは土佐市内のホテルに予約を入れていて、どうしてもその日のうちに清滝寺を打ち終えて、そして早朝に出発したかったということで、登りはタクシーを使ったそうだ。そして荷物もタクシーの営業所に置かせてもらったそうで、空荷での下りだった。

「なるほど、そうなんですか。今から間に合いますかねえ」
「う~ん、どうかなあ」
「とりあえず、頑張ってみます。じゃあまた」
「ええ、また」
と分かれて、ボクは駆けるように歩いた。少し行って歩き遍路に会った。50過ぎのその男性は「無理だよ。車停めて乗せて行って貰えば良い」と言った。

「はい、もしダメなら」と、それ以上のことは話さないようにして、「がんばります」と歩き始めた。

急登。走るように登った。汗が噴き出してきた。声を上げた、というか吠えた。

どうしてか分からないけれど、その日の内に納経をする、ということだけを考えていた。通夜堂に泊めていただくとしても、そうすることが正しい姿のように思えた。走った。

種間寺の底抜け柄杓

種間寺の底抜け柄杓


安産祈願の底抜け柄杓が並ぶ。

タクシー遍路 第34番 種間寺 NAKAMURA-TAXI

観音堂
観音堂には「子育て観音」の額がかかり、観音像のまわりには、底の抜けた柄杓がずらりと奉納されている。観音様の左手の堂には、かわいらしい赤ん坊の像が立っている。本尊の薬師如来は、安産の薬師として有名で、妊婦は柄杓を持って寺へ詣でる。寺ではその柄杓の底を抜き、3日の間安産の祈願をして、お礼とともに柄杓を返す。妊婦は底の抜けた柄杓を床の間に飾り、出産後は柄杓を寺に納める。そのため底のない柄杓が寺に集まっているという。なぜ底のない柄杓がいいの柄杓が奉納されているか?それは「通りがよくなる」ことが、安産に通じるからだとのことである。



雪渓寺そして種間寺へ(15日目の2)

In : 15日目, 修行の道場, Posted by 田原笠山 on 2008/11/02

雪渓寺にて。

馬路村の「ごっくん」ゆずジュースは美味い。雪渓寺にて。


高知県営フェリー種崎渡船場に10時15分に着いたボクは次の11時10分の出発を待っていた。待合室はきっと遍路が宿泊したりするのかもしれないと思った。テレビもあったので、ここで日ながらゴロゴロしていても良いかなあ、なんて思ってもいた。

前に進むことばかりを考えていた。約束もなければ早く進まなければならないことも、まして競争しているわけでもなかったのに、なぜだか時間と縁を切ることが出来なかった。計画を立ててしまう。

待合室で少し早いお昼ご飯を食べた。朝、サンクスで買ったゲンコツおむすび(鮭・昆布)とニッスイジャンボソーセージがメニューだった。そのあと少しウトウトしてしまう。暖かい日だった。11時前に大阪から来たというお姉さんふたり連れがやって来た。少しだけ話す。区切り打ちでまわっているその女性ふたりは、室戸までは電車とバスを乗り継いできたそうだ。そして杖を持っていないことを「そうよね、普通は杖から揃えるんでしょ」なんて言った。「セットでまとめて揃えましたから」と答えた。

船は11時10分、定刻に出発した。そして5分後の11時15分に対岸の長浜渡船場に着いた。歩き遍路が4人、ボクと女性ふたり、そして60歳前の男性の方がいた。ボクたちは沈黙していた。瀬戸大橋や海上、空や雲を見ていた。

到着後、女性ふたりが先頭になって歩き始めた。そしておじさん、しんがりがボク。女性たちはかなり健脚だった。荷物も軽そうだったけれど、それよりも歩くということに慣れているように思えた。おじさんも、すこし足を庇っていたけれど、力強く歩いていた。ボクも、つられて少し早くなった。その順番で三十三番札所雪渓寺に到着。11時40分だった。

その女性たちからバナナを頂いた。彼女たちも、そしておじさんも、弁当を食べ始めた。「民宿で作ってもらった」と言った。「多いからバナナは無理だから」とも言った。ボクはお礼を言って、それから少し休憩して12時10分に出発した。

先頭になるのはあまり好きではない。後が気になる。その気持ちが足を速めた。休憩も取らずに、13時30分、三十四番札所種間寺に到着。足の豆が痛かった。右足の親指と人差し指の付け根の間に豆が出来ていた。両足の踵の豆は治らずに範囲を広げていた。急ぐと豆ができる。

少しすると女性ふたりが山門をくぐってきた。

種間寺あたりにて

種間寺あたりにて


そう言えば、まだコスモスの季節だったね。