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痛みは快感になりますか?(11日目の3)

In : 11日目, 修行の道場, Posted by 田原笠山 on 2008/10/29

遍路をして何か変わったのだろうか、なんて考えていた。というよりも遍路中も「何になるんだろう」と思っていた。どうしてこんなに辛い思いをしなければならないのかと。雨の日には特に思った。ねぐらの決まらない夕方も思った。坂道でも思った。そして叫んだりもした。金剛杖に当たったりもした。

「プロ遍路はきっとMだね」なんて考えたりもした。野宿したり、酒を飲まなかったりすること、それが何になるのか、聞かれても、答えることが出来ない。達成感のようなものはあったにしても、変化なんてものはなく、まして御利益なんてものは、今のところ一切ないように感じる。想い出だけはたっぷりとあったとしても。

室戸までの3日間は確かに長かった。それでも海がある風景は、それが司馬遼太郎の言う「地の涯であろうというそらおそろしさを感じさせる」場所であったとしても、開放感はあったし、そのことで気持ちも明るくはなった。森や山の中の、あの薄暗い風景のほうが、恐ろしさを感じた。なによりも海岸線にはねぐらがあった。

24番札所最御崎寺を8時30分に出発して、室戸の街へ降りて行った。急峻な山坂は橋によってスロープになっている。それでも落ちて行くという感じがするほどの勾配だった。その日は風が強くて、いや、室戸はいつも強風が吹いているのかもしれないけれど、肌寒い朝だった。

1枚目のSDカードが坂道の途中で終わる。その時点で撮影した写真は770枚になっていた。

25番札所津照寺の手前のYショップに寄った。食糧もなかったし、お腹も空いていた。Yショップ前のベンチで、まるごとソーセージとツナマヨ、梅のおにぎり2個を食べた。10時になっていた。乾電池を買って携帯の充電器に入れた。少し充電できたところで、メールチェックをした。そのメールだけが、ボクの会話のようにも感じていた。遍路としてのボクではないボクとしてのだけれど。

津照寺に11時前に着いた。いつものように納経をして納経所に行く。順番を待っていると関西弁のお姉さんに割り込まれた。ボクは何も言わなかった。割り込む以上にそこで呪いの言葉を口に出す方が忌まわしいことのように思った。心の中では「何考えてんだよ」と言っていたのだけれど。

そうしたらお寺の人が「順番は守ってください」とボクの代わりに言ってくれた。お姉さんは、何か言いたげに見えたし、そのことが態度に出ていたのだけれど、それに従った。そこで反論することでの不利益を、一瞬のうちに計算したのだろうと思う。そう言った計算をしてしまうのも、人間の弱さなのだろう。

彼女が車遍路でよかったと思った。歩き遍路だったら、この後もどこかで会うだろうし、その時に何を言えばいいのか、どういう顔をすればいいのか、となると気持ちが重くなるだろうから…。嫌な気持ちはどちらにもあったのだろうし…。

津照寺の階段を降りてボクは26番札所金剛頂寺に向かった。お寺は人が多かった。そのことはボクの気持ちも明るくさせてはいた。2日間、薬王寺から最御崎寺までは、数えるほどしか人と会わなかったし、言葉も交わさなかった。おまけに携帯も充電切れで、言葉も数えるほどしか話していなかった。御真言とお経だけは唱えていたのだけれど。

最御崎寺 仁王門 仁王尊
最御崎寺 仁王門 仁王尊



濛雨(5日目の1)

In : 5日目, 発心の地, Posted by 田原笠山 on 2008/10/23

人は必ず死ぬ。

ビジネスホテルの朝は雨だった。いつもの時間に目覚めたのだけれど、そのことを確認するとボクはまたベッドに潜り込んだ。8時前に起き出して、朝風呂に入った。足の痛みは少しだけだけれど和らいでいるように感じていた。

昨日買っておいたスナックパンを朝食にした。そしてパッキングを始める。寝袋を丸めてスタッフバックに押し込む、それと衣類とを一緒に更に圧縮袋に入れて小さくする。カメラと携帯電話の充電器をタッパウェアの中に入れる。薬品類は違うタッパウェアの中だ。洗面道具は防水袋に入れて、それら全てをザックの中に入れる。レインウェアをザックのサイドポケットから取り出す。ザックカバーと菅笠のレインカバーはフロントポケットに入れておいた、それも取り出す。雨用の装備をして、ボクは10時30分ほど前にフロントに行き、チェックアウトを済ませた。雨。

昨夜と同じサンクス佐古八番町店にて食料の買出しをする。その食糧をザックに入れる。金剛杖を握りしめた。歩き始めた。地蔵院経由、地蔵峠越えの十八札所恩山寺打ちだ。今日も少し後戻りする。

徳島市内を避けての地蔵院経由にしたのは、その峠を越えることが、ホテルに宿泊して10時まで停滞していたことへの、4時間という欲望を貪ったことへの、贖罪のように感じていたからかもしれない。

途中道を尋ねる。想像していたよりも長かったからだ。そして20代後半であろうお兄さんは、親切にもボクを地蔵院の入口まで案内してくれた。雨が降っていた、お兄さんは濡れていたけれど、嫌な顔もしなければ、ボクに話しかけてもくれた。ありがたい。その20分という時間のなんと貴重なことかと、ボクは思っていた。

地蔵院に着く。雨はまだ降っていたのだけれど、晴れることを予感させる雲が池の向こうに見えていた。ボクは地蔵院前の公園の東屋に腰を下ろしていた。止むだろう雨、その時間が来るのを待つ。

すぐに、一通のメールを受け取る。10時35分、留守を頼んでいるホッチキスからのメール。

高知から葉書が来ていました。ユリさんのお兄さんからで、ユリさんが今年の四月になくなられた事をお知らせするものでした。

少し驚いた。少し信じられなかった。少し怒りを感じた。少し不思議だった。少し苦しかった。……。よく分からない感情が少しずつボクの中にあった。雨靄が立ち込めていた。名残の雨が降っていた。

ボクは動けないでいた。

十九番札所立江寺にて

十九番札所立江寺にて

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