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エコノミスト氏の不思議な荷物(33日目の4)

In : 33日目, 菩提の道場, Posted by 田原笠山 on 2008/11/20

その男はボクの顔をジッと見つめていた。ボクは驚いたのだけれど、いったい彼が何をしているのか分からなかったし、何をしたいのかも分からなかった。

「手を握らせてください」と男は言った。いったい何があるのだろうかと思ったのだけれど、ボクは寝袋の中から手を出して彼のリクエストに応えた。とても冷たい手だった。その二つの手でボクの右手を握り締めていた。そして「暖かいですね」と言った。なるほど、あまりにも寒くて何か暖かいものを探していたのだろう、と思った。そして「ありがとうございます」と手を離した。

暖かそうなポスター

暖かそうなポスター

男は一睡もしてなくて、ブツブツと呟きながら足踏みをしたり身体を小刻みに動かしていた。そして待合室に貼ってあるポスター「高知キャンドルフェア」の蝋燭の炎の写真に手をかざしていた。暖かく感じるのだろうか、とボクは寝たふりをして見ていた。動くことで体温と精神のバランスを保っているのだろうと思った。

しばらくすると男がまたそばに来て「経済は興味がありますか」と訊いてきた。「ケインズとか竹中さんとかなら知っているけれど」と答えた。「ああ、そうですか。ボクは専門が経済なもんで」と広辞苑ほどの厚さの経済書を見せてくれた。彼の少ない装備のほとんどがその本だった。それから少し経済の話をしていたのだけれど、ボクが興味がなさそうなのが分かったのか、深夜に迷惑だと思ったのか、「すみません」と言って、またブツブツを動き回っていた。

それから手紙のようなものを荷物から出して、小さく破いてゴミ箱に捨てていた。ボクはウトウトだけしか出来ずに5時少し前に起き上がった。そしてココアを自動販売機で買って飲んだ。エコノミスト氏も缶コーヒーを買って飲んでいた。

「おはようございます」と言った。「おはようございます」と応えてくれた。そして「始発で今治に向かいますから」と言った。「ああ、電車だと暖かいし早いね」とボクが言うと「そうですねえ」と言って、ボクの座っていたベンチの近くに一冊の本を置いた。「経済学入門」というようなタイトルだった。ボクに読めということなのだろうか、それとも荷物の整理をしてそれが邪魔になったのだろうかと考えたのだけれど、何も聞かなかった。

ボクは出発の準備を始めた。そして6時になったところでエコノミスト氏はホームに行った。「お気をつけて」と挨拶をした。ボクも立ち上がった。しばらくすると電車が入ってきた。ボクのほうが少しだけ早く駅を後にした。電車ももうすぐ出発するはずだった。「経済学入門」は、きっとゴミとして扱われてしまうのだろうと思った。

エコノミスト氏の恩返しなのだろうか、とも考えた。ボクにはその本を持ち歩くことがとても非経済的に思えた。そして彼の行動も経済学とはかけ離れているようにも感じた。それを本人が一番分かっているのかもしれないとも思った。

悩みや苦しみが彼を「遍路」という彼のスタイルの遍路にさせたのだろうと考えた。経済ではなくて政治を学んだほうが良かったのかもしれないと思った。いや、うまく立ち回れない人はどうやってもうまく生きられないのかもしれないと思った。学問は、利用できる者の側にしかつかない。それは宗教や信仰も同じことなのかもしれないと考えていた。

完全な寝不足だった。ボクは鎮痛剤を飲んだ。

そしてひとりは電車に乗って、もうひとりは歩いて浅海駅をあとにした

そしてひとりは電車に乗って、もうひとりは歩いて浅海駅をあとにした

松山市日尾公園~松山市浅海
JR予讃線浅海駅泊

(出費)
・ファミリーマート南久米店
ミックスサンド 230円
ホットゆず 130円
(小計 360円)

・ローソン北条中須賀店
牛丼 398円
とっておきレーズンバターロール6P 190円
(小計 588円)

・自動販売機
缶コーヒー×2 240円
ミルクティー 120円
ホットゆずれもん 130円

(合計 1438円)



超軽装備エコノミスト登場(33日目の4)

In : 33日目, 菩提の道場, Posted by 田原笠山 on 2008/11/20

鎌大師に着いたのは17時20分で、どこからか幸せのにおいが香っていた。醤油と砂糖を煮るにおい、それが夜を迎える合図でもあり、一日を終わらせる儀式であるのだろうと、考えていた。

鎌大師のへんろ小屋は境内にあって、立派な建物だった。そこに貼紙がしてあった。「宿泊厳禁」。ボクの疲れはそこでピークを迎えた。その貼紙を無視して倒れこみたかった。少し考えて大師堂に向かった。そして庵の人に頼んだ。「ひと晩泊まらせていただけないでしょうか」と言った。すぐに「お断りしているんですよ」との答えが返ってきた。ボクは「このあたりに泊まれるようなところはありませんか」と訊いた。すると「浅海大師堂」を紹介してくれた。地図に「大師堂」と小さく載っていた。

立岩川から見える夕焼け

立岩川から見える夕焼け

「そこに皆さんお泊まりになるようですよ」と教えていただいた。ボクはさらに「ここからどれくらいかかるでしょうか」と訊いた。「私の足で昼間、30分ほどでしょうか」とのことだった。

礼を言って鎌大師を出発した。坂道を登りきると今度は急な下り坂になった。真っ暗な中での鴻の坂、そして峠越えだった。浅海原の集落に着くと、ひとりのおじさんが前を歩いていた。声をかけた。「すみません、浅海大師堂へはこの道でいいのですか」。

おじさんは親切にもボクを大師堂まで連れていってくれた。そして大師堂の前でまた引き返していった。ありがたかった。少し話をした感じでは建設関係のお仕事のようだったのだけれど。

18時10分着。浅海大師堂は賑やかだった。その日はお大師様の日、というか、近所の人たちが集まってお経をあげる日ということだった。大師堂の下に管理されている方の家があって、挨拶にうかがった時にそれを聞いた。「一緒にお経をあげていればいいですよ」とその家の奥さんは言った。そして「今日は2人お遍路さんが泊まるようで」と言った。

ボクを含めて3人、なんだかそれはとても疲れるように思った。ボクは、挨拶をして、大師堂を後にした。そしてJR浅海駅に向かった。駅か海岸でテント、と思った。

駅に着いてベンチに座ったら、もう動きたくなくなった。18時30分だった。そのまま誰もいないベンチでパンとカロリーメイトの夕食を摂った。ホットゆずれもん、そしてミルクティー2本を飲んだ。もう12時間近く動き続けていた。食事も休憩も満足に取っていなかった。

ベンチに座っていた。そして21時になって寝袋を出した。下半身だけ入れて座った。眠いと思ったら寝ていた。電車が着いて、人々の声で目が覚めた。22時になっていた。マットも出した。寝袋に収まった。それからまた寝た。

23時を少し回ったあたりで、超軽装備の男がやって来た。その時間まで歩いていたそうだ。その日は宇和島からだと言った。ジーンズにTシャツ、その上に薄いジャケットという服装だった。それにデイパック。

「寒くない?」と訊いた。「寒いですね」と答えた。「やっぱり遍路なの?」「はい」という答えを聞いても、金剛杖も菅笠も、白衣もないのだから、どういった遍路をしているのかということに興味がわいた。それでもそのことを聞くのは失礼にも思えた。ボクは黙っていた。

しばらくするとその男はお茶のペットボトルを買ってきた。そして1本をボクにくれた。「ありがとう」と受け取ってそれからひと口だけのんだ。この寒いのに、そして「軽装なのに冷たいお茶かよ」と思った。「寒さにやられたのかなあ」なんてことも思った。

あまりにも寒そうなのでカイロを3個あげた。それからボクは「寝るね」と言って目をつぶった。次に起きた時にはその男が目の前にいた。かなり驚いた。ボクの顔を覗き込んでいた。すぐそこで。手の届く距離に。

浅海駅待合室のベンチで寝ました

浅海駅待合室のベンチで寝ました