Tags: 山頭火

眠れる場所のある幸せ(1日目の3)

In : 1日目, 発心の地, Posted by 田原笠山 on 2008/10/19

260円、所要時間21分、それが板東-徳島間の距離なのだ。そのわずか260円の距離を3日かけて歩く。もちろん札所を巡るので遠回りになるのだけれど、21分の距離を3日かける、時間を逆行するような行為こそが、遍路なのだと思う。

ひよいと四国へ晴れきつてゐる

昭和14年の10月7日に山頭火も松山から四国遍路を始めている。その頃は、きっと、交通の便も悪くて、時間の感覚も今とは随分と違っていたのだろうと思う。歩くことも、まだ普通なことだったのかもしれないし、遍路というのは「歩くこと」だったのだろうと思う。

ボクも歩いていた。
極楽寺で昼食を食べた。そろそろ正午になろうとしていた。門前のお土産屋さんで「炊きこみご飯」400円と「よもぎ餅」170円を食べた。朝食も食べてなかったのでお腹は空いていたのだけれど、空腹を感じる暇もなかった。暇を考える余裕もなかったし、緊張もしていたのだろう。

この日の写真も少ない。緊張が感覚を麻痺させていたのだろう。しがみつきたくなるような風景、愛おしく感じる光景に対して、不感症気味になっていた。シャッターを押して関係を保つということさえも出来ないでいた。

ただ歩いては寺に辿り着いて、そしてその作業をしていた。作業、山門で一礼をしてから納経所で墨書授印して、山門で一礼して次に向かうまでの行為。

初日だからしかたないのかもしれないけれど、初日のお寺での記憶がほとんどなかった。結願して戻ってきた時に改めて発見したことの多いこと、そしてその風景は初めて見るようなことの多いこと、そのことがボクを驚かせたのだけれど…。

初日は5番札所地蔵寺までだった。地蔵寺を打ち終えた時点で16時前だった。ボクはへんろ道を6番札所安楽寺方向に歩いた。奥谷橋を渡るりそこから左折した。へんろ道を逸れる道に左折した理由は「川沿いのほうが野宿場所がありそうだな」と感じたからだ。もう橋を渡る頃には夜の気配が辺りに広がっていた。夕餉の匂いが温もりを感じさせた。

ボクは川沿いを歩いていた。そして「やっぱり役場方面に行ってみるか」と交差点まで戻ろうとした。少しして自転車のおじさんから声をかけていただいた。「スポーツ公園には泊まらないのか?」

ボクには何のことだか分からなかった。だから「え?どこですか」と聞きなおした。おじさんは「お遍路さんは、この先にあるスポーツ公園に野宿する人が多いよ」ということ。

「そこは泊まれるのですか?」
「みんな泊まっているよ」
「この先にあるのですか」
「ああ、川沿いに行ってたら見えるよ」

もう辺りは薄暗かった。あと10分もすれば夜になる頃だった。

ボクは「ありがとうございます。そこに行ってみます。その前に何か食べるものを買ってから行きますので。」と礼を言ってから、スーパーでぐちに向かった。空腹だったし疲れてもいた。もう横になりたかった。睡眠不足だった。

スーパーでぐちで買い物をしたボクは、おじさんから教えていただいた「上板ファミリースポーツ公園」に向かった。もうすっかり夜だった。ヘッドライトを引っ張り出してその光を頼りに公園に向かった。

広い公園だった。場所を探した。野宿する場所、どこでも同じようだけれど、条件を出せと言われれば、屋根があって壁がある場所、ベンチがあればなお良いのだけれど…。そして自分の感覚と一致するような安心感のある場所、というものがある。気持ちが落着く場所というか…。

探した。野球場があった。ボクは1塁側ベンチに腰を降ろした。そしてそこがその夜のベッドになった。

上板スポーツ公園1塁側ベンチ。遍路の、夢はグラウンドを駈け巡る…。なんて。

上板スポーツ公園1塁側ベンチ。遍路の、夢はグラウンドを駈け巡る…。なんて。



旅に出ようと思う

In : 出発まで, Posted by 田原笠山 on 2008/10/12

けふもいちにち
風をあるいてきた

山頭火

金木犀

巡礼の旅、四国八十八カ所遍路旅をしようと思う。
そう決めたのは1週間前の日曜日で、なんともならない午後の時間に、突然思った。「発心」というのだろうか、それでも今でもそうなのだけれど、旅というものへの信憑性といった感じの、例えば「旅に出れば何かが見つかる」なんていう、そんな気持ちはほとんど持っていない。

それはボクがしてきた過去の旅で、ボクが分かった唯一の「何か」のようでもある。過度の期待をすると、旅に裏切られるということなのだ。

自分探しの旅をしてきた結果として、あるいは、何かを求めての旅の結果として、現在の自分があるとしたら、ほとんどが無駄な時間を過ごしてきたのだし、人 の言う「貴重な体験」がボクの人生においてなんの役にも立っていないのではないかと考えている。貴重な体験をすること、それにどれほどの意味があるの か・・・。

意味を求めては、何も出来ないのだろう。それに人ひとり、どれほどの存在意義があるのかも、かなり曖昧なのだろうから。求めれば、与えられる、とも思わない。

人生ってのは、生きるのが上手だとか下手だとかいうこと、そういったことで決まってしまうように思う。旅という経験を上手く利用できる人、そういう人もい て、同じような旅をして、同じような感覚を持ったとしても、ちょっとした方法(たとえば言葉とかの表現とか)で、大きく違ってくるとも思う。

ボクは、うまく生きてこれなかったし、それはボク自身に問題があるのだけれど、その結果として、現状があると思う。何かが足りなかったし、何かが間違っていたのだろう。そのほとんどは忍耐ということに関係するように思うのだけれども・・・。

実は失業者なのだ。
3月に失業した。それからポリテクに行った。先日終了した。

失業と言っても、非正規雇用として就労していたので、その4年間に数度失業した。契約期間が過ぎれば失業した。いつも失業の中にいたし、それは失意の日々でもあったように思い出している。

それから続く日々は、もうほとんど、先がないのではないかという閉塞感の中にあって、このままホームレスになるのではないかという、それでもいいや、とい う諦めという感じもしていたりもするのだけれど。まだ少しだけ余裕があるから、このように冷静に考えられるのだろうと思ってはいるのだけれど・・・。

少しずつ旅の準備をしている。
毎日歩いてもいる。
この数日中には旅立つと思う。

少しずつたびだつまでの様子や、旅の様子を綴っていこうと思う。旅にあっては、更新もできないと思うのだけれど、それは帰ってから、また少しずつ綴っていこうと思っている。