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叶崎にて(25日目の2)

In : 25日目, 修行の道場, Posted by 田原笠山 on 2008/11/12

見残しを遠くから見たボクは国道321号線に戻って室戸へ歩き始めた。
8時20分、下川口漁港の先の歩道に座って朝食。昨日のお昼に買ったのり弁を食べた。そして愛知のおじさんにいただいたみかんをデザートにした。良い天気だった。海がまぶしかった。そのまま昼寝をしたい気分になった。「ヒザモイタイ、ギャーテーギャーテーハラーギャーテー」と日記に書いた。

その下川口から城ノ岬、快晴

その下川口から城ノ岬、快晴

8時50分出発。暑いぐらいの日だったのだけれど、風が強かった。その風が海面をたたいていた。海中に潜り込もうとする風が白浪となっていた。竜串かた貝の川のスーパーまでトイレなし、休憩所もなかった。休憩所というか座るような場所がなかった。普通はそれでも良いし、普通の街はそれが当たり前なのだ。叶崎まで行けばあるのだから。

宿毛に早く行きたいと思っていた。その思う気持ちが歩くことを早くしていた。そしてリアス式海岸は道路を作るのには不向きだった。文明がそれを可能にしているのだけれど、そのことは逆に道路自体を複雑なものにしていた。橋があったり登り下りがあったりカーブの連続だったり。強引に作られた道路が人の歩行に優しいはずはなかった。強風と登り坂が一気にボクの膝に集中していった。それでも海と空、そうして沖ノ島に救われた。

10時10分、貝の川トンネル出口で休憩。
10時20分出発。
10時35分、叶崎到着。昨日いただいた蒸し芋の昼食。

休憩していると55歳ぐらいのおじさんがやってきた。そうして日本のもの造りや高知の将来、日本の経済なんかについて少し話す。おじさんも現在無職でいかに高知では仕事がないかを嘆いていた。自営をしていたらしいのだけれど「低価格競争、国際化に負けて店を畳んだ」ということだった。そしておじさんも若い頃に愛知県内でもの造りに関わっていたということだった。それはまだ70年代のことで、「社会がまだ手のぬくもりがした時代」だったそうだ。

大月町でもう一度会うことになるのだけれど、長くなりそうなので「それじゃあ、ボクは出発します」と言って立ち上がり叶崎を後にした。11時20分発。小才角の二神商店で買い物、その先の休憩所で休憩、トイレ。叶崎からの下り坂で膝が痛み始めていた。

叶崎から沖ノ島

叶崎から沖ノ島