Tags: へんろ小屋

大坂遍路道(18日目の1)

In : 18日目, 修行の道場, Posted by 田原笠山 on 2008/11/05

例えば朝の気温が5度だとしても、秋と春とでは、春のほうが暖かく感じるのではないかと思う。季節が暖かい日に向かっているか、寒い日に向かっているかで、身体も気持ちもそれに対応しようとするのだろうし…。

カーブミラーも冷えてます

カーブミラーも冷えてます


大坂休憩所の朝は、犬の散歩(人の散歩に犬が付き合わされているのかもしれないけれど)の声で目がさめた。いつものこと、なのだけれど、なんだか決まりの悪さを感じる。と言ってのその日は4時30分だった。まだ朝の匂いもしなかった。

ボクはぼんやりしながら、小屋の側にあるトイレに行った。そして洗顔、歯磨き。それでもまだ5時を少し過ぎただけだった。寒い。パッキングを済ませる。そのまま夜が明けるまで座っていた。

6時10分、少し明るくなったところで出発した。川沿いの道路。冷え切った空気が、その川面から道路に忍び寄っていた。冷えたせいか膝が痛かった。引きずるように歩いた。

四国横断自動車道阿南中村線の橋脚の工事をしていた。その柱がまるでなにかの墓標のように見えた。その場所にはまるで馴染んでいなくて、例えば冬の日の立ち枯れたヒマワリのようでもあった。そこに造ったというよりも、そこに置いたという感じがした。

大坂遍路道はその橋脚を過ぎて奥大坂、大坂谷川が谷となり細い流れになるところで、一気に高度を上げる。地図に「降雨の歳は滝の流水で通行不能の場合がある」と書かれている滝のあたりから七子峠まで高度差200メートルを這い上がるように登ってゆく。途中竹林、キーキー」と竹の擦れ合う音に驚かされる。人の気配がしなかった。道に踏み跡はあったとしても…。

8時、七子峠着。きびしい登りだったのだけれど、フリースを着たままだった。風も強い日だった。ヤマザキスナックスティック9本入り(一昨日買ったもの)とミルクティーで朝食。カップコーヒーも飲む。少し休憩して遍路道を通って影野をめざす。急登で膝が痛みが増していた。それでも、人に見られていると思うと、キチンと歩くようにした。なぜだかそうした。それでも、変な動きになっていたのだろうと思う。

下り坂、時間とともに気温も上がっていったし、ボクも汗ばんできた。途中フリースを脱ぐ。身体が温まると、膝の痛みも薄れていった。峠で飲んだ鎮痛剤が効いてきたのかもしれないと思った。

暖かくなりそうな予感が少しだけ気持ちを軽くしていた。9時10分、影野、六十余社へんろ小屋着。休憩、というよりも、「もう歩きたくない」と日記に書いている精神状態だったのだろう。歩きたくなかった。そこに泊まろうかとも考えていたのだけれど…。

奥大坂の橋脚

奥大坂の橋脚



そして大坂休憩所へ(17日目の2)

In : 17日目, 修行の道場, Posted by 田原笠山 on 2008/11/04

札所がない日は休憩する時間が少なくなる。納経に30分~40分かかるとしても、その時間は立ち止まっているので、足を休めるということになる。歩くことよりも、休むことが難しい。時間があるのに急いでしまう。

14時30分に道の駅かわうその里に到着。たこやきとカップコーヒーで休憩。近くにはJoyfullもマックもあったのだけれど、道の駅で休憩。表のベンチに座っていると、昨日塚地峠の休憩所であったお姉さんに再会。「あれ、早いですね」と言うと「ええ、早く出発したんですよ」とのこと。昨日は国民宿舎土佐に宿泊したとかで、その日は民宿安和乃里に予約を入れているということだった。

須崎市遠景

須崎市遠景


お姉さんはそのまま出発した。ボクはそれから少し休憩して15時に出発。15時42分ローソン須崎安和店着。食糧調達。あとはねぐらだけ…。

ローソンを出て国道56号線を歩いていると、「お~い」なんて声がする。右を見ると、お姉さんが民宿の屋上から手を振っていた。「あ、ここだったんですか」と叫ぶ。「ええ、お気をつけて」「はい、また会いましょう」と…。それから会うことはなかったのだけれど、どこかで、きっとボクが停滞している間に、ボクを追い越してしまったのだろうと思う。

焼地峠は通らずに国道を行く。16時40分、焼坂トンネルを出て少し行ったところの遍路小屋に辿り着いたのだけれど、落ち着いて眠れそうになかったので、そのまま歩き続ける。膝の痛みが増してくる。夜がそこまでやって来ていた。

そして土佐久礼の街に入る頃には夜の中にいた。ボクはヘッドライトを出して、分かりにくい道を大坂休憩所を目指した。もうそこしか考えていなかった。

そして18時過ぎに大坂休憩所着。あんぱん、おにぎり2個(かつお、シーチキンマヨネーズ)の夕食後、洗髪洗顔。川沿いの遍路小屋は一番の冷え込みだった。シュラフカバーを夜中に付けたのだけれど、足下が冷えた。そして膝が痛んだ。鎮痛剤を飲んだ。寒さと痛み、不安な夜だった。暗闇がその不安な気持ちを重くしていた。

大坂休憩所

大坂休憩所

*宇佐遍路小屋泊~土佐久礼大坂休憩所
*大坂休憩所泊

(出費)
・浦の内Yショップ
おにぎり2個 210円
ジャンボソーセージ 115円
スポーツドリンク 150円
チロル 100円
(小計 575円)

・道の駅かわうその里
たこ焼き 300円
カップコーヒー 100円
(小計 400円)

・ローソン須崎安和店
C1000コラーゲン180 200円
あんぱん 100円
おにぎりがつお 105円
おにぎりツナマヨネーズ 110円
(小計 515円)

・郵便局
エキスパック 500円

・自販機 
缶コーヒー 120円
スポーツドリンク 150円



遍路道のすがた(14日目の1)

In : 14日目, 修行の道場, Posted by 田原笠山 on 2008/11/01

7時30分29番札所国分寺着。朝のお寺は静かだった。
納経をすませて山門へ向かおうとしていると、高知工科大学の生徒に呼び止められた。そしてGPSを渡される。次の善楽寺まで持って歩いてほしいとのことだった。了解して、そのGPSをザックに入れた。そして出発。8時を少し過ぎていた。

途中蒲原へんろ小屋で休憩。ピーナッツを食べる。お腹が空いていた。そう言えば昨日の朝におにぎりを食べてから、米を食べていなかった。「シャリバテ」という言葉があるけれど、そういう状態なのかと思った。しかし、国分寺から善楽寺までの遍路道にはコンビニも食堂もなかった。途中蒲原へんろ小屋の手前にスーパーがあったのだけれど、まだ開店前だった。遍路道から少し離れると、何軒かコンビニがあったのだけれど、その「少し」が徒歩だと20分とか30分になってくる。車だと数十キロを移動できる距離なのだけれど。

善楽寺に着いたのは10時少し前だった。蒲原から逢坂峠は長く感じた。

善楽寺は土佐神社の中にある。と言ったほうが良いような配置だったし、寺の山門を出ると神社の参道だし、遍路道もその参道を通り鳥居をくぐらなければならなかった。

日本の宗教は複雑だ。この善楽寺も土佐神社の別当寺として建立された。「別当寺とは、神仏習合が許されていた江戸時代以前に、神社に付属して置かれた寺のこと」(『ウィキペディア(Wikipedia)』)で、神仏習合が明治政府によって禁止された神仏分離令によって禁止されるまでは神と仏は調和融合していたのだから、この土佐神社と善楽寺のような位置関係も多く存在している。

神社の中を通るとしても、その神社に参拝しない遍路も多いのではないかと思う。ボクもそのひとりだったし、それは完全な仏教徒だからとか、あるいは遍路という立場だから、なんてことではないのだけれど。少しの違和感はあった。それは神社の中を通る時だけではなくて、例えば遍路姿でファミレスで食事をする時も感じたのだけれど、自分の立場、宗教的な立場という意識のものなのだろうと思ったのだけれど…。

善楽寺では高知工科大学の先生と生徒数人が待っていた。GPS渡す。そしてそのデータを元にアンケートに答えた。分かりにくかったポイントや、遍路道の状況、あるいは改善すべきこと、なんてことを答えた。

遍路道は、どうなんだろう、今はいろいろな標識があって、地図がなくても巡拝できるかもしれない。そうしている人にも現にいるのだけれど。そうした便利さは、逆に「進路を住民や道人に尋ね、その情けにすがりながら札所を巡るのが本来の姿」(へんろみち保存協会)を失うことにもなりはしないかと思った。そしてそのことを話した。

遍路ナビなんてものが出来て、最短距離で巡礼できるようになるのかもしれない。今もすでに、地図が精密詳細になって、携帯電話でのナビを利用している人もいるのだけれど。

今後、どう発展させるのだろうか。あるいは発展させないで、どこかの時点での風景を保存するのだろうか、と思っていた。空海の頃よりは随分と変わってしまったのだろうが、あるいはほとんど変わっていないところもあるのだろうが、歩きやすさばかりを求めると、遍路ということじたいを変えてしまうのではないかと思っている。

ボクは、この先、高知市内で道に迷い、そして情けにすがって、ユリさんの実家に辿りつくことになるのだけれど…。

二十九番札所国分寺にて

二十九番札所国分寺にて



そしてヘンロ小屋の夜(7日目の5)

In : 7日目, 発心の地, Posted by 田原笠山 on 2008/10/25

平等寺に着いたのは15時30分ごろだった。おじさんが納経所の横の休憩所にいた。「結局、ふだらく越えで来ました」とボクが言った。「オレもそのつもりだったんだけれどね。どうも途中で違っていると思ったんだけれど…」とおじさんは言った。
地蔵たち

「今日はどこまで?」
「もう少し行って弥谷観音あたりかなあ」
「そうですねえ、今からだとそのあたりで暗くなりますかねえ」
「ま、先に行ってるよ」
「はい」

と、おじさんは準備をしていた。Kさんが納経しているのが見えた。ボクも本堂に行って納経を始めた。終わって休憩所のベンチにいるKさんの隣に座った。「今日は、この辺に?」とKさんが聞いてきた。

「もう少し行ってから」
「この先に善根宿があるそうだよ」
「そうなんですか。どうしようかなあ。宿、取れました?」
「ああ、少し先の『グリーンハウス樹園』ってところ。まだけっこう距離があるんだよね。それでもそこしかないしね」

ボクは地図を広げた。
「10キロですか」
「うん、暗くなるよね。急がないと」
「そうですね。少し距離がありますよね」
「じゃあ、先に行ってるよ。あ、これ、今お接待で頂いたんだけれど、半分に分けたから」
と、5個ほど入ったみかんをわざわざ袋に入れてボクにくれた。
「あ、ありがとうございます」
「うん、じゃあ、また」
と、Kさんは山門に向かっていった。16時。18時に着ければいいけれど、とボクは思っていた。

そしてボクも今夜のねぐらに向かった。決まっていなかったけれど、おじさんが向かった弥谷観音かその手前の釘打トンネルの出口にあるヘンロ小屋が、6キロ先にあった。暗くなるな、と思った。

歩いた。途中、歩いている道がヘンロ道なのか不安になった。地図を持っていて、その通りに歩いているつもりでも、不安になるときがある。道を尋ねた。迷ってはいなかった。暗くなると、それだけで不安になる。国道や車の通りの多い道路だと良いのだけれど、山の中だと更に不安は大きくなる。そうすると時間も長く感じる、歩くのは速くなる、疲労する、良いことは何一つない。

暗くなった道を歩いて、釘打トンネルの入り口近くにあるヘンロ小屋に17時30分に着いた。おじさんがいた。

「居心地良さそうですか?」とボクが言った。
「水もトイレもないんだよね。弥谷観音まで行かなければならないみたいだよ」
「遠いんですかね」
「地図だと1キロほど」
「遠いですね。ボクもここに泊まりますよ」
「それがいいよ」
「食事は?」
「パンを食べた。水がなくてね…」
「あ、ボク2本もっているんで、1本差し上げます。水道水ですけれど」
「良いのかい」
「ええ、1本あれば。それにちょっと弥谷観音まで偵察に行ってきますから、その時に自販機があれば買ってきます」

そしてボクは荷物を置いて、洗面道具だけを持って弥谷観音へ向かった。暗かった。ヘッドライトを持ってこなかったことを後悔した。道路脇に湧き水が勢いよく流れていた。ボクはその水で顔を洗った。ついでに髪も洗った。暖かい季節ならば、そのまま行水をしたら気持ちいいだろうと思っていた。3日ぶりの洗髪だったのだけれど、暗闇で落ち着かなかった。それにおじさんも待っているだろうと思ったので、かなり慌ててそれらのことを済ませた。自販機はなかったし、その水も飲めるかどうかは分からなかった。

ボクは小屋に戻ると、そのことをおじさんに話してから、朝買っていたオニギリを食べた。今日はトータル1000カロリー摂っただろうかなんてことを考えていた。

そして明日、薬王寺を打ったら、室戸まで長い長い道程が待っていることなんかをおじさんと話した。トンネルの入り口は車の音がいつもしていてうるさかった。それでも疲れ果てた身体はトンネルの中でも眠れそうに思えた。そして疲れ果てた身体は、ボクから食欲を含めた全ての欲求を奪うことでバランスを保っていた。長い一日だった。

*ヘンロ小屋勝浦~ヘンロ小屋釘打
*ヘンロ小屋泊

(出費)
・サンクス勝浦町店
おにぎりツナマヨネーズ 105円
おにぎり焼鮭 130円
おにぎりカツオおかか 115円
おにぎり昆布 115円
アサヒ1本満足バー 126円
(小計 591円)

・自動販売機
缶コーヒー 120円
スポーツドリンク 150円

合計 861円



ママチャリ遍路そして眠れぬ勝浦の夜だった(6日目の2)

In : 6日目, 発心の地, Posted by 田原笠山 on 2008/10/24

16時前に二人の自転車遍路がやってきた。

どちらともまだ20代の女性。自転車はママチャリだった。ヘンロ小屋の横に自転車を着けると、ひとりが言った「ここは泊まっても良いところですよね?」

「良いんじゃないですか」とボクは幾分不機嫌な声で言った。(そう後で後悔した)眠りかけていたせいもあった。それよりは彼女がいきなり「ここは」と切り出したことに対して不快感みたいなものだったのかもしれない。それに「え、ここに女性二人泊まるのかよ」と、ボクの平穏な時間が、そして約束されていた安心感みたいなものが、そのことによって失われるように感じたのだろう。

あの頃のボクは、自分にも余裕がなかったし、まして人に余裕を持って接することは出来ていないように感じた。それに旅の中にあっては旅人との接触が多くなる、それは遍路の中にあってもそうなのだけれど、そうすると「慣れた人」への違和感みたいなものが生じる。旅慣れたことからの自信なんてものが言葉の端端に露見する。自信がそのまま饒舌になり強い言葉になる。そしてそういう人たちへの嫌悪感が生じて、身構えてしまう。その時もそういったものを少し感じていた。それに人と話すのも面倒だった。

ふたりは荷物を降ろしだした。「やっぱり泊まるのか」と思った。ボクは寝たふりをした。少ししてふたりがヘンロ小屋の中にやってきた。小屋と言っても東屋、壁は腰のあたりまでしかないのだから、近寄れば何もかも見えてしまうのだけれど。

そしてひとりはテントを干し始めた。それが終わると、もう一度小屋のベンチに座った。「起きてますか?」とボクに聞いてきた。「はい」とボクは身体を起こした。「今日はどこから?」「神山のキャンプ場から」

ボクが2泊して3日かけた距離を自転車だと1日で着ける。そのことを話した。「自転車でお家から?」とボクは尋ねた。

「コメリで、四国のコメリで買ったんですよ。1万円ほどでした」とどちらかが言った。彼女たちは長野の山小屋で働いているらしくて、シーズンオフになった機会に四国遍路をすることにしたということだった。山女らしく、というのが適切かどうかは別として、元気だった。そして山小屋でのことを話してくれた。

「おじさんももうすぐ来るはずなんだけれどなあ」「でもまだじゃない、歩き出し」という話をしていた。ボクはそのおじさんも小屋泊まりだな、と思った。少しして彼女たちはテントを張って、食事の用意、うどんを作って食べていた。

17時ごろ、そのおじさんがやってきた。60歳を少し過ぎているだろうおじさんは「疲れた、今日も歩いた」と言って、入り口のベンチに座った。女の子たちも出てきて、少し話した。ボクは「こちらに寝てください」と奥の広い場所を勧めた。おじさんは遠慮したのだけれど、「お昼過ぎには着いていて、もう休養十分なので」と更に勧めた。結局ボクは地べたに寝たのだけれど・・・。

「そうかい」とおじさんはそこに移った。それからおじさんは夕食のパンを食べ始めた。その間に旅の様子を話していた。ボクたちは一番札所霊山寺を同じ日に出発していた。ボクのほうが少しだけ早かったようだった。そしてボクのほうが少し前を進んでいたのだ。

「栄タクシーは良かったねえ、鴨の湯では2回も風呂に入ったよ」とボクに言った。
「さかえタクシー・・・、どっかで・・・、あのプロ遍路が言ってたところかなあ」とボクは考えていた。そして「それって、なんですか?」と聞いた。

「知らないのか?」
「ええ」
「これがないとまったく困ってしまうよ」とその「四国霊場八十八ケ所歩き遍路さんの無料宿泊所一覧表」をボクに見せた。「こんなのがあるんですね」

「初日にもらったよ。」と、初日に泊まったどこかの民宿にあったのか、コピーしたということらしかった。

「すごいですね」
「他のも善根宿はあるらしいんだけれど、取りあえずこれだけあればなんとかなると思っているけれどね」
「コピーさせてもらってもいいですか」
「ああ、いいよ」
とボクは少し先にあったサンクスで2部コピーした。一部はおじさんの予備としてあげた。何度も見たのか、雨に濡れたのか、少し破れていたので。

コンビニから戻るとおじさんはシュラフの中に入って、もう寝る準備をしていた。「寝るのが一番だね」と言った。ボクはそのリストのお礼を言って「一部コピーしときましたから」と渡した。「ありがとう」と言っておじさんはそれをザックのポケットに入れた。ボクたちは出身地のことなんかを少し話した。そして寝ようとした。「じゃあ寝るか」「そうですね」

ボクは少しの間眠れなかった。シュラフの中で今日の出来事なんかを考えていた。夜中に1度トイレに行った。そしてまた少しの間眠れなかった。それから何度か目が覚めた。「部屋だったら電灯を点けて、コーヒーを淹れて、パソコンやテレビを見るんだろうなあ」なんて考えていた。

ヘンロ小屋勝浦から

*恩山寺前バス停~勝浦町ヘンロ小屋
*ヘンロ小屋泊

(出費)
・たなか屋
イカフライ定食 600円

・ローソン勝浦町沼江店
おにぎりかつお 105円
おにぎり日高昆布 110円
おにぎり紀州梅 105円
赤飯おにぎり 120円
薄皮あんぱん(3) 110円
スニッカーズ 120円
リポビタンD 153円
(小計 829円)

・自動販売機
缶コーヒー2本 240円
スポーツドリンク 150円

・コピー代 30円

合計 1849円