Category : 25日目

見残し(25日目の1)

In : 25日目, 修行の道場, Posted by 田原笠山 on 2008/11/12

夜の雨がボクの身体を新しいものに変えてしまったようにも感じていた。疲労と睡眠不足の身体はいつも前日を引きずっていたのだけれど。津呂からまだ1日、レストラン水車から2日、あの浮津海岸から3日しか過ぎ去ってはいなかった。車で数時間の距離は歩いて3日、記憶ではさらに長いものになってしまっていたのだけれど。

5時30分起床。愛知のおじさんのテントからはご飯の炊けるにおいがしていた。しばらくその3日間のことを考えていた。6時にトイレ、洗顔。コーヒーの朝食。芝生の広場を見るとモンベルの新型テントクロノスドームが張られていた。傍に自転車。昨夜到着したのだろう。コーヒーを飲んでいるとそのテントの住人が顔を出した。「おはようございます」とその青年は言った。「おはよう、雨大丈夫だった?」「はい」と少しだけ話した。

それからテントに戻って撤収。おじさんに「先に行ってますね、また追い越してください」と挨拶。
6時45分出発。ゆっくりした出発になった。そして歩いているとおじさんに抜かれた。20分後ぐらいだった。もう会うことはないだろうと思った。

さよなら自転車遍路のおじさん…。

さよなら自転車遍路のおじさん…。


7時20分、爪白海岸、足摺海底館。寄り道をした。
「見残し」とは弘法大師空海が八十八番札所をつくる際に、この景勝地を見ることなく行かれたことからその名前がついたと言われている。ここだけではなくて、多くの景勝地、観光地を遍路たちは見残している。例えば桂浜にも行かなかった。はりまや橋も行かない人も多いだろう。歩き遍路にとって100メートルの距離さえも遠く感じることがある。

延光寺への月山神社・宿毛経由は他のルートよりも20キロメートル長い。その長さが寄り道をする余裕を奪う。ボクもずいぶん迷ったのだけれど、見残すことにした。それでも足摺海底館の遊歩道には立ち寄った。そこにも奇石があって、そして見残した弘法大師のかわりに仏足石と錫杖が置かれている。

その仏足石と錫杖が対岸の見残しを見ている。そういうことが日本人の優しさなのだろうと思った。そしてそれは自慢というよりもやはり「お接待」なのだろうと考えていた。「どうぞご覧になって下さい」というような…。なぜだか泣けてきた。

弘法大師空海もまた、見残したのではなくて、肉体的な時間的な余裕がなかったのだろうと思った。

爪白の錫杖、遠く見残し…

爪白の錫杖、遠く見残し…



叶崎にて(25日目の2)

In : 25日目, 修行の道場, Posted by 田原笠山 on 2008/11/12

見残しを遠くから見たボクは国道321号線に戻って室戸へ歩き始めた。
8時20分、下川口漁港の先の歩道に座って朝食。昨日のお昼に買ったのり弁を食べた。そして愛知のおじさんにいただいたみかんをデザートにした。良い天気だった。海がまぶしかった。そのまま昼寝をしたい気分になった。「ヒザモイタイ、ギャーテーギャーテーハラーギャーテー」と日記に書いた。

その下川口から城ノ岬、快晴

その下川口から城ノ岬、快晴

8時50分出発。暑いぐらいの日だったのだけれど、風が強かった。その風が海面をたたいていた。海中に潜り込もうとする風が白浪となっていた。竜串かた貝の川のスーパーまでトイレなし、休憩所もなかった。休憩所というか座るような場所がなかった。普通はそれでも良いし、普通の街はそれが当たり前なのだ。叶崎まで行けばあるのだから。

宿毛に早く行きたいと思っていた。その思う気持ちが歩くことを早くしていた。そしてリアス式海岸は道路を作るのには不向きだった。文明がそれを可能にしているのだけれど、そのことは逆に道路自体を複雑なものにしていた。橋があったり登り下りがあったりカーブの連続だったり。強引に作られた道路が人の歩行に優しいはずはなかった。強風と登り坂が一気にボクの膝に集中していった。それでも海と空、そうして沖ノ島に救われた。

10時10分、貝の川トンネル出口で休憩。
10時20分出発。
10時35分、叶崎到着。昨日いただいた蒸し芋の昼食。

休憩していると55歳ぐらいのおじさんがやってきた。そうして日本のもの造りや高知の将来、日本の経済なんかについて少し話す。おじさんも現在無職でいかに高知では仕事がないかを嘆いていた。自営をしていたらしいのだけれど「低価格競争、国際化に負けて店を畳んだ」ということだった。そしておじさんも若い頃に愛知県内でもの造りに関わっていたということだった。それはまだ70年代のことで、「社会がまだ手のぬくもりがした時代」だったそうだ。

大月町でもう一度会うことになるのだけれど、長くなりそうなので「それじゃあ、ボクは出発します」と言って立ち上がり叶崎を後にした。11時20分発。小才角の二神商店で買い物、その先の休憩所で休憩、トイレ。叶崎からの下り坂で膝が痛み始めていた。

叶崎から沖ノ島

叶崎から沖ノ島



丁石(25日目の3)

In : 25日目, 修行の道場, Posted by 田原笠山 on 2008/11/12

小才書くの休憩所を出発したボクは大浦を通り月山神社への大月へんろ道を歩いていた。古い丁石が並ぶ。今はなくなっているものもあるのだけれど、大浦から月山神社までのこの遍路道には11の丁石が残っている。

大月へんろ道、十八丁半の丁石

大月へんろ道、十八丁半の丁石


丁石とは目的地までの距離数の道標で、1丁は約109メートル、36丁で1里(4キロメートル)という日本固有の単位で示している。その度量衡としての丁は知らなくても、地名として「一丁目」、成績や等級・順位などの第四位を表す「甲・乙・丙・丁」、「丁半揃いました」なんて言葉としてよく使われているのだけれど、距離としてそしてそれが109メートルだということを知らない人も多い。

遍路をしていて道を訊ねると「あと20丁ほどですよ」と教えていただくことがある。ピンと来ない。「2キロ少しですよ」と聞くとピンと来る。感覚は言語に影響される。

その丁石をひとつひとつ見ながら、そしてカメラに収めながら山道を歩いていた。最後のものは「四丁」で、そこを少し行くと小川が流れている。梅雨時期には渡渉するという状況になるかもしれないが、晩秋の今は靴底を濡らすこともなく渡れた。

13時10分月山神社着。参拝。少し休憩。人も車も通らない。風の音だけがする。眠くなる。その眠気を振り払うように13時30分出発。

少し行った月が丘あたりからの下りは凄まじいものがあった。転がるように落ちてゆく。誰もいない、車も通らない、音は風と波と鳥の鳴声、そして金剛杖がアスファルトを打つ音。遅れてボクの足音。それが淋しい…。携帯は圏外。水平線が曲線を描いている。そしてそこを境に空が始まる。空即空、海即海。

14時30分赤泊。14時50分、赤泊集会所前にて休憩。15時出発。相変わらずの静寂。そして今度は登り坂だ。赤泊の入り江に下りてそして国道321号へ登り返す。いったいここが日本なのかも疑わしいという感覚は郵便配達のカブに打ち消される。確かに日本だ。

坂道を登る、国道が見えてくる。姫ノ井の三叉路で伊布利海岸ですれ違った青年が国道を歩いているのが見えた。月山神社から赤泊の浜に降りないで国道に出たのだろう。「道の駅大月のへんろ小屋までかなあ」なんて思っていた。ボクもそうするつもりだった。

大月へんろ道、十八丁の丁石

大月へんろ道、十八丁の丁石



大月へんろ小屋(25日目の4)

In : 25日目, 修行の道場, Posted by 田原笠山 on 2008/11/12

シェルター、15デニールの外壁

シェルター、15デニールの外壁

17時、道の駅大月に着いた。へんろ小屋にはやはりあの青年が座っていた。
「こんにちは、伊布利で会ったよね」とボクが言った。「ああ、どうも」なんて青年は答えた。
「それに姫ノ井の交差点でも見たよ」
「そうでしたか」
「もうずいぶん先に行っているかと思ってたよ」
「足摺に知り合いがいて、そこでゆっくりしていたものですから」
「ああ、それでかあ。で、今夜はここで?」
「ここ、宿泊禁止って書いているんですよ。だから、公園の上の東屋かトイレで…」
「今夜は冷えそうだからね。ちょっと売店に行って聞いてみるよ。テント張らしてもらいたいし」

と、ボクは売店に行って「上の公園でテント張らしてもらってよろしいでしょうか」と訊いた。そうすると「どうぞどうぞ、あれだったら、その前にでも張ってください。お遍路さんは皆さん、軒下にお休みになられているので」と店の前の軒下をひと晩貸していただくことになった。ありがたい。

青年もそうするつもりらしい。しかし大きな荷物の割には装備は夏仕様で、寝袋ももっていないという。ユニクロのフリースは四国で買ったということで、それとジャケットだけで、晩秋の大月町は寒いだろうと思った。そして「ちょっと先のスーパーに買出しとダンボールを貰いに行ってきます」と言って市街地方面へと歩いて行った。

ボクはその間にご飯を食べた。姫ノ井のデイリーで買ったパンとジャンボソーセージ、カロリーメイトがその夜のメニューだった。明るい月夜だった。それでも売店が閉まると、闇は影となって深海魚のように横たわった。ボクはテントを張った。そして洗顔、洗髪をした。

キャンピングカーで四国を回っているいるというご夫婦から声を掛けていただいた。少し話した。食事のことや入浴のことなんか訊ねられた。頭を洗っていたからだろう。お二人は2階のレストランで食事をするということだった。ボクはテントに戻って横になった。

しばらくして青年が帰ってきた。隣には叶崎であったおじさんがいた。「あれ~、また会いましたね」とおじさんに言った。「ああ、スーパーにいたら、彼(青年)がダンボールを、なんて言っているもんで、寒いからうちに泊まりなさいって言ったんだよ」「そうなんですか。よかったね、寒くなくて」と青年に言った。「ええ、助かります」と答えた。

それから青年はボクの傍に来て「でも、ここから2キロほどあるらしいんですよ。もう歩きたくないんですけれど」、そしてザックを担ぐと「ありがとうございました」と言った。ボクはふたりを見送って「じゃあ、おやすみなさい」と言った。「へんなおじさんだ」とつぶやいた。

それからまたテントにもぐり込んで横になった。いつの間にか眠りに落ちていた。夜中に何度か目が覚めた。自動販売機を利用する人の声や車の音に起こされる。決してなれることなんかなかった。満月だった。

*道の駅めじか土佐清水~道の駅大月
*道の駅泊

道の駅大月のヘンロ小屋

道の駅大月のヘンロ小屋


(出費)
・小才角二神商店
ビスケット
パン
(小計 285円)

・姫ノ井のデイリー
パン6個入り 180円

・自動販売機
コーヒー3カップ 300円
スポーツドリンク 150円

合計 915円