Category : 23日目

Joyfullのドリンクバーでたっぷり砂糖を入れたコーヒーを飲みたかったのだ(23日目の1)

In : 23日目, 修行の道場, Posted by 田原笠山 on 2008/11/10

下ノ加江、国道321号線

下ノ加江、国道321号線


電線に留まっていた雨粒が地面に落ちる。野宿している遍路たちの気配を嫌がっているのか犬の鳴き声は一晩中続いていた。山に囲まれたその場所は湿気をたっぷりと湛えていたし、それが不気味な気配として現出していた。寝不足のまま5時50分起床。まだあたりは暗かった。

近くのトイレにいって洗顔。自販機でホットココアを買う。テントに戻ってそれを飲んだ後に撤収。7時10分に出発。晴れ間も見えているけれど、曇天、寝不足の感覚は少しだけ鈍感になる。膝は相変わらず痛い。包帯で縛り付けるようにした。朝は特に痛んだ。

8時28分、スリーエフ下ノ加江店着。食糧調達。と言っても、昨日買ったおにぎりセットが残っていたので、それを店の前のベンチで食べようと歩いていると犬のうんちを踏んでしまった。「あ~あ」なんて言った。ベンチの近くにあった水道を使ってそれを洗い流す。店の人が不思議そうにのぞいたのだけれど、何も言わなかった。というか、何も言わずに使ったことへの羞恥心をおぼえた。

それからおにぎりセットを食べた。

8時50分出発。海が見えた。それだけで気持ちが明るくなった。空は相変わらず古いブロック塀のような色をしていたけれど。久百々の浜では、海をじっと眺めている人がいた。それはたぶん彼の日課なのだろうと思った。

10時、蟻崎、ドライブイン二浜(閉店中)にて休憩。アップダウンの続く岬の道が膝を痛めつけていた。10時25分出発。休憩所もトイレも少ない道のり、大岐にはファミレスJoyfullがあると地図に載っていた。そこを目指した。なにか胃にもたれるほどのもの、例えばペッパーハンバーグの大きいヤツとか、カツ丼釜めし定食みたいなものを無性に食べたくなっていた。ドリンクバーでコーヒーもたっぷり飲みたかった。それも甘くして。

Joyfulに行くために大岐海岸を通らないで国道を歩いた。歩いたのだけれど、Joyfullを見つけることは出来なかった。地図では国道沿いにあるはずだった。その場所に立ち止まって少し考えた。昔、塚ちゃんと朝から夜までJoyfullで飲んだことを思い出した。10時間ほど居て飲んだのだけれど、それでも1万円少しだったことなんかを思い出していた。それからBと飲んだことも思い出した。立ち止まったボクは想い出を手繰り寄せていた。

それから、大岐海岸に向かった。海岸の遍路道を通る。最後は小さな川を渡る。渡渉というほどのものでもないのだけれど、梅雨時期は深く広くなるのかもしれない。その時は靴のまま渡れた。

その海岸から国道へはい上がる。

12時30分、以布利の海岸にて俵むすび弁当と赤飯おにぎりの昼食。少し寒い。少し休憩。20代前半の青年が追い越して行った。このときは、挨拶だけだった。あとで再会することになる。ザックにスティックを差していた、それがかなり印象的だった。60リットルほどのザックだった。彼も少し足を痛そうにしていた。

足摺まで20キロを切っていた。みんなこのあたりで疲労のピークを迎えるのだろうと思った。高知は修行の道場なのだ。

大岐にて

大岐にて


大岐、ジョイフルがあったであろう場所には柿がなっていたよ。

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津呂善根宿で考えたこと(23日目の2)

In : 23日目, 修行の道場, Posted by 田原笠山 on 2008/11/10

以布利の海岸を出発したのは13時ちょうどだった。「13時になったら出発しよう」と言い聞かせてから座っていたから。ズルズルと時間を浪費するのが怖かったのだけれど、逆に、タイトに時間を管理してしまう傾向にある。それはほとんどの人に言えることなのだろうと、思っていた。プロたちを除けば、ということなんだけれど。停滞すること、そこで思索すること、は、大切だと考えていたのだけれど…。

混沌…以布利遍路道入り口にて

混沌…以布利遍路道入り口にて


14時 窪津、足摺まで10キロを切ると「今日中に行けるかも」なんて考えてしまう。3時間の距離、17時には着く…。しかし14時30分、窪津小学校前で休憩した。その時点で足摺は諦めていた。どこに泊まるかということを考え始めていた。足摺までの道沿いにはペンションサライがあった。地図を見て、一瞬迷った。迷うというか、布団の感触が背中に蘇る。風呂の温かさや、なによりも安心して眠れることのできることに対しての欲望が湧き起こる。

15時、出発。足摺まであと7キロほどの距離、トイレに行きたくなった。トイレがない。山道…、あ、紙がない…。我慢した。は~。

15時40分、津呂の善根宿着。カーブを曲がって、その宿が見えた時に、「いったいこれはなんあんだろうか」というのが第一印象だった。その宿に入る。誰もいない。「すみません」と声を出すと、上の小屋(風呂のあるところ)で声がした。「あ、こんにちは」。

「こんにちは」とボクは答えた。そして「今日、泊めていただきたいのですが」と言った。その人は「ああ、どうぞどうぞ」と答えた。

「トイレ、お借りしてもいいですか」と言った。ボクはもう目の前にあったトイレのドアノブに手を掛けていた。「どうぞ」…。

それから宿に入った。しばらくすると、さっき話した男性が来て、ドラム缶の暖炉に火を入れてくれた。歩いて来たばかりだったのでそれほど寒くはなかったのだけれど、気温は下がっているようだった。しばらくして宿のオーナーであるKさんがやって来た。そして「洗濯物があるのならこの洗濯機を使って。それからここに干せばいいから」と話して下さった。ボクは「使わせていただきます」と言った。そうしたら「洗剤はこれを使うと良いよ」と…。ありがたかった。

Kさんはそのままご自宅のほうへ行かれた。ボクは洗濯をして、それから干した。雨で湿気ていたテントも干した。そうしたら少し寒くなった。暖炉がありがたかった。それからまたKさんがやって来て「夕ご飯は?」と訊いてきたので「えっと、一応食糧は持ってます」と答えた。

「あれだったら食べる?500円だけれど?」
「あ、いただけるのなら」
「ああ、ごちそうはないけれど。それなら準備するから、出来たら呼びに来るよ」と、また帰られた。

風呂もあるようだった。食事もある。綺麗ではないけれど、屋根があって畳がある。そのことが贅沢に思えた。足摺までの道は、文字通り足を引き摺りながらの道程だった。三十七番札所岩本寺から80キロ、5日かかっていた。身体もだけれど、気持ちも疲れ切っていた。何かの拍子に崩れそうだった。

ボクはドラム缶でできた暖炉の炎を見つめていた。そして考えていた。「何も海外の発展途上国に行かなくても、遍路をすれば豊かさを感じ取れる。この国にいてカルチャーショックを感じ取れる。歩いたり、野宿したり、痛んだり、泣いたり、わめいたり、出来ればの話だけれど」ということを考えていた。インドよりもリアルだ、と思った。

500円がその善根宿の宿泊料だった。その日は貸し切りのようだった。そしてまた夜が足もとにスルリと忍び寄っていた。

津呂善根宿

津呂善根宿



善根ということ(23日目の3)

In : 23日目, 修行の道場, Posted by 田原笠山 on 2008/11/10

津呂善根宿の納め札

津呂善根宿の納め札


17時過ぎに善根宿の主人Kさんがやって来た。なにやら風呂のところで、先ほどの男性と話していた。風呂が炊けてないということらしかった。入浴後に食事という段取りだったのだろう、ボクのところへやって来て「じゃ、風呂の前に、食事に行きますか」と、ご自宅へ案内してくれた。

野菜炒め、ブリの塩焼き、野菜サラダ、そしてご飯だった。Kさんがご自分で作られたということだった。食事中に、少しだけボクのこれまでの遍路の様子を聞かれたので、大まかな行程を話した。そして「どうして遍路に」と訊かれた。

「前から歩いてみたいと思っていたのです。四国や熊野は元気なうちにと思って、失業したこの機会に、と思いまして」ということを初めに話して、さらにもう少し詳しく答えた。仕事のことや、母親のことなども話した。

食事が終わってから、ボクはひとりで善根宿に戻った。そうしたら「風呂に入って下さい」と例の男性が声をかけて下さったので、返事をして浴場へ向かった。横を流れる川の水を汲み上げて、薪で沸かすというものだった。天然水風呂、なのだろう。

ボクが入っている間も、その男性は「湯加減はどうですか」と声をかけてくださった。風呂から上がり、部屋に戻る。ドラム缶ストーブで暖まった部屋にはその男性がいた。「どうもありがとうございました」と言った。

「今日はどこから」
「ドライブイン水車からです」と答えた。それから今日のことを話して「こちらの方なんですか?」と尋ねた。

「あ、私も遍路なんですよ」と答えてくれた。
少し驚いた。ボクの世話をしてくれていたので、てっきりここの人、と言っても、善根宿で生計は立てられないだろうから、近所の人が手伝いに来ているとか、主人の親戚の方とかだろうと考えていた。「そうでしたか。それは失礼しました」と言った。

「いえ、ここに少しお世話になっているもので」と、その遍路氏は言った。もう数周巡わっているそうで、今回は津呂の善根宿に数泊停滞しているということだった。部屋には寝ないでテントに寝起きしていて、こうして遍路の世話をしているとのことだった。その代わりと言ってはなんだけれど、風呂やトイレの設備を使わせてもらっているのだろうと、思った。

宿泊代500円と言っても、それを払ったから客として長居出来るものではないと思う。それに善根宿自体長期滞在する場所でもないのだろうし。500円で管理できるか、というとこれもまた難しい話で、やはり善意、それも見返りを求めない、善が根本にない限り営むことは難しいのだろうと思う。

ボクたちは、人との関わり合いの中で、その人のために行動する時には心のどこかで何かを求めている、場合が多い。それは家族だろうが恋人だろうが、同じことのように思う。無償の愛、それが出来るかというと、とても難しいことのように考えていた。

その遍路氏とそして少し後にやってきて近所の人と3人で21時までいろいろなことを話した。今までプロ遍路たちにはあまり良い印象を持っていなかったのだけれど、その人の物静かな話し方や、けっして自慢しない内容は、聞いていて心地いいものだったし、かなり具体的なアドバイス、たとえば「時間があったら鹿島に渡ってそこのキャンプ場に泊まると良い」なんてことを話してくれた。

そしてその近所の人も、きっと接待ということでテレビもラジオもない善根宿での寂しさを紛らすためにやって来ているのだろうと思った。21時になったら「お開き」になった。ボクも横になりたかった。

ふたりが帰ってしまうと、またいつもの夜がそこにあった。

善根宿のベッドにて

善根宿のベッドにて

*レストラン水車~津呂善根宿
*善根宿泊

(出費)
・スリーエフ下ノ加江店
おにぎり赤飯 125円
たわらむすび弁当 350円
クリームツイスト5個入り 231円
ドデカソーセージ 118円
(小計 824円)

・善根宿
宿泊代 500円
食事代 500円
(小計 1000円)

・自動販売機
缶ココア 120円
缶コーヒー×2 240円

合計 2184円