Category : 修行の道場

充電の問題なのだ(10日目の1)

In : 10日目, 修行の道場, Posted by 田原笠山 on 2008/10/28

目が覚めるとテントの外は明るくなっていた。東に向けた入り口を開けると、水平線はすでに赤く染まっていた。日の出が近いことが分かった。ボクは取りあえず小便をした。そしてテントの中に戻って、いつものように出発の準備を始めた。太陽が、朱に染まった辺りの風景の中に染み入るように、ジワリとその姿を現した。日の出はボクに勇気を与えてくれた。夕日は哀しみを教えてくれた。
野根海岸にて

しばらく日の出を眺めていて、それから本格的に撤収を始めた。室戸まで40㎞、歩き始めた。東洋大師明徳寺に参詣した。そこで60歳を過ぎているだろう二人連れのお遍路さんと出会った。明徳寺の通夜堂に泊まったのだろうかと思っていて、そのことを尋ねたら手前の民宿に泊まっていて、6時には出たということだった。この方たちとは宿毛で再会して、そして宇和島、西予市で再会する。

歩き始めた。ふたり連れのお遍路さんたちもボクの後にいた。国道55号線、道路はピッタリと海岸に寄り添って室戸へと続いていた。野根を過ぎると室戸市までは食堂も商店も、そして自動販売機もなかった。そのことを知るのは、最後の自販機を見た10㎞先のことだったのだけれど。

法海上人堂に参詣した。そこで休憩した。食料がなかった。野根の商店街は開店していなかったのと、その先に何かあると思っていたので、なんの準備もしていなかった。二人連れのお遍路さんたちもやって来た。「暑くなりましたね」と挨拶をして、ボクはその上人堂の下の海岸に降りた。もう少し暖かければ泳げるのではないかというぐらいの天候だった。海はキラキラと輝いていた。

法海上人堂の横を流れている小川は、その下の海に流れ込んでいた。ボクはその水で白衣、Tシャツやパンツを洗った。ついでに顔を洗い、歯を磨いた。洗濯物と一緒に、テントやシュラフを干した。ボクも干した。テントやシュラフだけではなくて、ボク自体が湿っているような感じがしていた。乾いた場所に眠りたいという欲求もあった。

メールチェックをした。携帯電話の電池がなかった。昨日買った乾電池を充電器に入れて充電した。電池式充電池での充電では充満されなかった。携帯電話やデジタルカメラの充電、それらの装備を持ち歩いていると常にそのことが気がかりだったし、どこで充電するかという問題も考えなければならなかった。

ホテルや民宿以外だと、通夜堂や善根宿で充電するしかないのだろうけれど、それはどうも憚れれるように思った。無料で泊まらせていただいているという気持ちもあったし、その数も少なかった。そんな気持ちはあっても、通夜堂で充電したこともあった。

携帯電話の充電を考えると、どうしても5日に1回はホテルや民宿に宿泊しなければならないのかもしれない。携帯電話やカメラというデジタル製品にボクたちは拘束されている。寝て食べて排泄して、そして充電という行為。楽になったのか、苦になったのか、幸せになったのか、不幸になったのか、なんて考えながら、ボクは片付け始めた。10時30分になっていた。

法海上人堂下の海岸にて
法海上人堂下の海岸にて



24番札所最御崎寺前の院?(10日目の2)

In : 10日目, 修行の道場, Posted by 田原笠山 on 2008/10/28

10時30分に法海上人堂下の海岸を出発したボクは喉が渇いていた。上人堂のトイレの横には蛇口はあったのだけれど、水がでなかった。小川の水を飲めば良かったと思った。自動販売機も文明に合わせて設置してあった。例えば10㎞という距離に自販機が一台もなかったとしても、そのことを不便だと感じることは、普通に生きていればあまりないように思うし、おおよそ都会には、これでもかと言うぐらいに自販機が存在している。

喉も渇いていたけれど、お腹も空いていた。朝から缶コーヒー1本とカロリーメイト1箱だけだった。室戸市に入って少しした岬に久しぶりの自販機が見えた。その奥は食堂になっていた。中華そばの幟があった。もう考える余裕はなかった。それほど空腹だった。

きつねうどん450円と、巻き寿司4個300円を注文した。そして出された水を一気に飲んだ。お替わりしてもう1杯一気に飲んだ。そしてうどんも寿司も平らげた。スープも飲み干した。

そこのお姉さんは、たぶん佐喜浜あたりからその店に通っていて、昔はとても美人だったのだろうし、恐らく佐喜浜か室戸あたりのスナックでは人気のママさんだったのだろう、なんてことを考えていた。少し話した。ボクがどこから来たのかとか、野根からここまで自販機がなくて、ここの自販機が仏えて24番札所前の院という感じでありがたいですよね、なんてことを、ボクは美人を前に少し饒舌になっていた。

キャラメルをいただいた。ボクはその店を出て、そして自販機でスポーツドリンクを買った。12時を少し過ぎていた。それから歩いて佐喜浜八幡社にて休憩した。トイレに行った。温暖な気候なのだろう、蚊の大群が飛び回っていた。

温暖と言っても、季節は秋、それも冬に近い秋だった。歩けば暑い、立ち止まって日陰にいると肌寒い、そんな昼下がりだった。

室戸の朝と菅笠

Tags : ,


土佐は鬼国に候(10日目の3)

In : 10日目, 修行の道場, Posted by 田原笠山 on 2008/10/28

「虚空蔵求聞持法」という秘法がある。19歳の弘法大師空海は、故郷である四国に渡り室戸の洞窟、御厨人窟を行場として修法した。「虚空蔵求聞持法」とは虚空蔵菩薩の真言

言語の一種であるにちがいない。しかし、人間の言語ではなく、原理化された存在(法身如来)たちのしゃべる言語である。

その「なうぼう あきやしや きやらばや おん ありきや まりぼや そわか」という翻訳されない仏の言葉を、100万遍ある一定の期間(50日から100 日の間と言われているようですが)唱える、ということで(ただ唱えるだけではなくて、その他に諸々の決まりがありようです)万巻の経典をたちまち暗誦できるようになるという秘法、空海はそれを室戸で経験した。

第12番札所・焼山寺のご本尊は虚空蔵菩薩。遍路の旅ではそこでその真言を唱えることになる。少しだけ、例えば100万分の1ほど、何かに近づける瞬間なのかもしれない、そしてその思考が感動を呼ぶのかもしれないと思った。あのへんろ転がしと言われる山越えの後では特に、涙が溢れる人も多いのだろうと思った。

人は生きている目的を探し求める。そしてすがろうとする。

室戸までの道のりは、日和佐あたり、あるいは牟岐あたりから変化してゆく。そして野根を過ぎたあたり、前回のエントリーに書いた「自販機のない10㎞の道のり」で、劇的に変わる、ように感じた。それはただ何もないということではなくて、「地の果て」という表現がピッタリと当てはまるように感じた。

札所がすでにここで絶えている。そのことは空海が人里で疲れを癒した最後は日和佐の浜だったのではないか、ということであり……

というのがその時の空海の室戸までの道のりだったのだろうし

牟岐からむこうで、頻繁に小入江が連続している。海浜の崖や山をよじ登っては、小さな入江にすべり落ちてゆく。浜の名と浜の名を挙げると、大坂降りると内妻の浜である。(中略)この連鎖してゆく小さな入江ごとに何人かの人間が住んでいたかもしれないが、しかしこんにちでも浜におりるとなお無人にちかい。この入江群の沖はすでに外洋であり、その風濤のたけだけしさが、人の住まうことを拒絶しているのであろう。空海はときに無人の浜に出て海藻や貝をひろったにちがいない

その当時の風景は、今もボクたちの眼前に横たわり、そして文明をもってその力で押さえつけたとしても「へんろ転がし」ということには違わない。行が待ち受ける。

宍喰・野根からむこうは、いまでこそ海岸を道路が通っているが、当然ながら空海のころには道路がなく、二十五キロにわたる海岸は断崖の連続であり、激浪が黒い地の骨を洗ってとどろきつづけていた。また海岸道路をすすんでさえ、前方に折りかさなる断崖群が靉気のなかに濃淡をかさねつつ、このさきはすでに地の涯であろうというそらおそろしさを感じさせる。

という感覚を誰もが持つのだろうと思う。歩き遍路にあっては、その激浪からの飛沫や音が全きの恐怖となって足を速めるのだろうと思う。夕方、あるいは夜となっては、妖気をも漂わせているように感じた。

それが室戸への道なのだろう。
高知は修行者空海にとっても、そして遍路にとっても、修行の地なのだろうと思う。鬼は時として己の心に棲んでいては、責め続ける。

永遠とも思われる道で、多くの遍路は内省を繰り返す。それはまたほとんどの場合責苦という苦行の形をとる。それでも止まることよりも、先へ進もうとする。まるで人生のようなもの、のように思っていた。

ボクは歩いていた。もう室戸はそこに見えていた。

室戸 夫婦岩
同石ふたつ…。
夫婦岩が見える。

(参考文献、および引用)
司馬遼太郎著「空海の風景」中央公論新社



遍路はは食わねど高楊枝…なんて(10日目の4)

In : 10日目, 修行の道場, Posted by 田原笠山 on 2008/10/28

佐喜浜八幡宮を13時30分に出発した。
暖かい日だった。佐喜浜の街は驚くほど静かだった。24番札所・最御崎寺まで、まだ20キロあったし「地の涯であろうというそらおそろしさ」を感じさせる風景は続いていた。柔らかな空気と陽射しさえも、その感覚を増幅させていた。

スーパーフェニックスに寄った。食料の調達をしなければならなかった。『無料宿泊所一覧表』には「室戸市佐喜浜のスーパーで絶対食料を調達してください」と記されていた。それは脅迫文のように感じられた。

買い物を済ませると室戸へ歩いた。防波堤道を歩いた。道路標識と同じほどの高さにいた。

「ロッジおざき」の先で休憩した。まるごとソーセージを食べた。サーファーがひとり、海を見ていた。その斜め後方に座って、ボクもひとり、海を見ていた。海岸にいるのはサーファーと遍路、四国の海岸の風景だった。話すことは、なかった。ただ、繰り返される波の動きを見ていると、彼らもまた巡礼者のように思えた。その波に乗っては打ち上げられ、そしてまた沖へ向かっては打ち上げられる。永遠の動作、それは一種の行、例えば「虚空蔵求聞持法」のようにも感じられた。

そしてまた歩き始めた。

夫婦岩の休憩所でトイレ。鹿岡鼻を過ぎると室戸岬が随分と近くに感じられた。もうほとんど周りの風景を記憶していないほど、室戸の岬だけを見ていた。室戸東中学校を過ぎた頃には夜の気配がしっかりと感じられた。

ねぐらを探さなければならなかった。物色する目つきになっているのだろうと、思ったし、キョロキョロ辺りを見渡す風は挙動不審だったに違いない。

三津漁港の近く三津浜バス停には先客がいて、夕食なのだろう、コンロで何かを煮ていた。挨拶だけして通り過ぎる。ここは「無料宿泊所一覧表」に載っている場所だった。「当てが外れたなあ」とつぶやいた。

さらに夜が濃くなっていった。ボクの不安も増していった。歩いていた。佐喜浜漁港の次のバス停に辿り着いた。そこは無人だった。もぐり込んだ。腰を下ろした。狭いベンチだった。それでもバス停は小屋だった。屋根もあれば壁もあった。それがなによりだった。

ボクは白飯とサラダ、そしてやぶれ饅頭の夕食をとった。「鶏天も買っとけば良かったよ~」と日記に書いている。「(佐喜浜のスーパーで)絶対食料を調達してください」という、あの表に書かれた文字を思いだしていた。『「絶対食料をたっぷり調達」にするべきだね、特に唐揚げ』とも書いた。そして叫んだ。「食わせろ」と。

室戸 夫婦岩
室戸 夫婦岩



南無大師遍照金剛(10日目の5)

In : 10日目, 修行の道場, Posted by 田原笠山 on 2008/10/28

苦しい時、辛い時、哀しい時があると「南無大師遍照金剛」と唱えるといい、と教えていただきました。金剛杖や白衣の背中にもその「南無大師遍照金剛」という御宝号が書かれています。意味は

南無大師遍照金剛

「南無」はインド語のナモ、ナマス、ナマッハを音写つまり発音の音に近い文字で作った当て字です。意味は帰命、帰依する、永遠に、心から信じお従い申しますという信仰の誓いを表します。

「大師」は偉大なる師、という意味で日本では大師号として朝廷から徳の高いお坊さまに贈られました。お大師さまは空海と言う僧名ですが弘法大師という大師号を九二一年朝廷から給わりました。日本では二十数名の高僧に贈られていますが、「大師は弘法にとられ太閤は秀吉に取られ」と言われるよう大師と言えば弘法大師、お大師さまのこと表すのです。

「遍照金剛」はお大師さまの灌頂名です。大日如来と言う仏さまの別名なのです。奈良の大仏さまは正式にはルシャナ仏ですが、その別名は大日如来さまなのです。お大師さまが中国に渡り真言密教の教えを授かったとき、最後の仕上げとして灌頂と言う儀式を受けられました。

そして

南無大師遍照金剛とお唱えになるのは弘法大師お大師さまを拝み、その後ろには大日如来さまが控えられ、また全ての神仏へとつながっているのです。御宝号の深い意味を噛み締めながら「南無」と信じるこころを開いて、「大師」お大師さまに守られて、「遍照」他人に対しても優しさ思いやりを持って「金剛」自分自身に厳しく、そういう修行の日暮らし信仰を持ち、お大師さまと同行二人の人生の道を、幸せに向かって一歩一歩精進して参りましょう。

ということなのでしょう。

三津のバス停でボクは寝袋にもぐり込んでいた。まだ19時前だった。空腹は満たされることがなかった。携帯電話の電池は全くなかった。メールの受信も出来なかった。ヘッドライトで日記をつけた。それだけの夜だった。

室戸は三度めだった。22歳の時に初めて来た。四国を一周したことがある。その時も野宿だった。御厨人窟(みくろど)、弘法大師空海が修行した場所での感動みたいなものは、それから常にあった。そういう場所が、人にはかならずあると思う。そこに立つだけで涙が流れるような場所。神社仏閣もそうだろう。日常で宗教を感じることはなくても、場所が、空間が、ボクたちの心を揺さぶるように思う。それは、久しぶりに帰る故郷のようなもの、のような…。

早く起きて朝陽を見ようと思った。歩きながら夜が明けてゆく、そして御厨人窟に辿り着くということが、正しいこと、のように感じていた。通り過ぎる車の音に驚いては目が覚める、また眠る、ということの繰り返しだった。起きているのか寝ているのか分からない夜、それも繰り返される、毎日のことだった。

三津 バス停
その泊まったバス停

*野根海岸~三津
*三津漁港、室戸よりのバス停泊

(出費)
・岬の食堂
きつねうどん 450円
巻き寿司セット 300円
(小計 750円)

・佐喜浜スーパーフェニックス
まるごとソーセージ 121円
十勝バターブレッド 126円
やぶれ饅頭 68円
カフェラテエスプレッソ 147円
白飯 120円
自家製サラダ 200円
(小計 782円)

・自販機
缶コーヒー 120円
スポーツドリンク 150円

合計 1802円