Category : 涅槃の道場

色即是色、涅槃の夜(39日目の3)

In : 39日目, 涅槃の道場, Posted by 田原笠山 on 2008/11/26

15時50分に弥谷寺を出発した。道の駅「ふれあいパークみの」が見えた。なんとも微妙な時間だった。この温泉の入湯料は1750円と少し高めだそうだ。ただ、閉店まで仮眠して野宿すれば安いと思った。微妙な時間。

坂を下り、七十二番札所曼荼羅寺に急いだ。16時15分到着。その近くにある門先屋旅館の前で自転車遍路にぶつけられそうになった。こっちに向かって来たのだから驚いた。その人は坂口屋に泊まるようだった。

16時35分、納経所を済ませると急いで七十三番札所出釈迦(しゅっしゃか)寺の坂を登り始めた。16時40分、出釈迦寺着。納経を済まして山門を出たのが17時05分、初冬の夜は驚くほど突然にやって来る。

夕暮れにたたずむ出釈迦寺の修行大師

夕暮れにたたずむ出釈迦寺の修行大師

坂を下って、坂口屋旅館は営業していなかったので、曼荼羅寺横の角先屋旅館に入った。そして「あの、一泊おいくらでしょうか」と訊ねた。「7300円」という値段を聞いてから、「すみません予算が合わないもので」と謝り表に出た。それから引階池のところでヘッドランプを取り出してスイッチを入れた。たっぷりと夜だった。

遍路道を行きかけたのだけれど、暗闇が県道を歩かせた。その自動車道経由甲山時に着いたのが18時、その虚しく広い駐車場で眠ろうかとも考えた。少しベンチに座って考えた。最後の食料、カロリーメイトとスニッカーズを食べた。空腹は満たされなかった。

その空腹感とホテルに泊まりたいという欲望が身体を動かした。ボクは善通寺市内へと向かった。翌朝、打ち戻って、今いた甲山寺から始めなければならなかった。18時20分、夜の道を歩く遍路、それを車のヘッドライトが照らし続けた。少し恥ずかしいと思った。夜遍路は目立つ。

19時少し前に善通寺グランドホテルに着いた。そこが地図では一番近かった。そして外壁に書かれた「4800円」という文字に誘われた。チェックインをした。

それから部屋へ行くと、シャワーを浴びて、洗濯をした。洗濯を干すと、買い物に出た。近くに「筑豊ラーメン山小屋」があったので、そこに入った。チェーン店でよく見かけるのだけれど、その時が初めてだった。「昭和」と書いて「むかし」と読ませるラーメンを食べた。それとライス。辛子高菜が懐かしかった。

そして食べ終わるとマルヨシショッピングセンターに行った。20時10分になっていた。夜の街を歩き、買い物をするということがとても新鮮だった。それでも疲れていて、身体がフワリと浮いているように感じていた。

買い物を済ませるとホテルに戻った。クノールカップスープを二杯分作ってバナナ2個と一緒に食べた。今食べたばかりなのに、まだ胃にはスペースがあって、入りそうに思えた。というか、どこか感覚が麻痺しているようにも感じた。ボクはバスタブにお湯を張って浸かった。そして上がるとベッドにもぐり込んだ。

アダルトビデオの番組表が気になった。それでも1000円のプリペイドカードを買って、なんて体力も残っていなかった。いや、そういう体力を使いたくもなかった。目を閉じれば眠れると分かっていたから。

そうしてボクはいつものように落ちるように眠った。電灯は点けっぱなしだった。そして朝方に夢精して目ざめた。最後に一枚残ったパンツは洗濯して干してあった。ホテルの浴衣からは嫌な匂いがしていた。ティッシュペーパーで拭くと、また眠った。涅槃の夜だった。

足の踏み場もなくなります。善通寺グランドホテルの部屋にて

足の踏み場もなくなります。善通寺グランドホテルの部屋にて

観音寺市粟井町白藤大師堂~善通寺市下吉田町
善通寺グランドホテル泊

(出費)
・サンクス観音寺坂本店
カロリーメイト 105円
デニッシュ小倉あん 105円
スニッカーズピーナッツ 120円
ブラックサンダー×2 62円
VC3000のど飴 100円
(小計 492円)

・福田かなくまうどん
かなくま餅うどん 410円
盛寿司 180円
(小計 590円)

・本山寺
六文銭お守り 1000円

・善通寺グランドホテル
宿泊代 5250円

・筑豊ラーメン山小屋
昭和(むかし)ラーメン 770円
ライス(小) 130円
(小計 900円)

・マルヨシショッピングセンター
スナックスティック 168円
ゴールドブレンドスティック 198円
クノールカップスープ(5袋入り) 178円
バナナ4個 98円
(小計 642円)

・自動販売機
缶コーヒー×2 240円

(合計 9114円)



弘法大師生誕の地へ(40日目の1)

In : 40日目, 涅槃の道場, Posted by 田原笠山 on 2008/11/27

4時30分に起きた。前夜の天気予報では午後から雨だった。少し早目に出発しようとは思っていた。買っておいたカップスープやコーヒーとパンの朝食。パッキングをしてもまだ出発するのには早すぎる時間。甲山寺まで打ち戻って、そしてまた戻ってきて善通寺という昨日からの往復が少しボクの気持ちを焦らせていた。

6時15分出発。6時35分七十四番札所甲山寺到着。開門していたので、そのまま本堂に向かい納経をする。その後大師堂。7時前には終わった。納経所が開く7時を待った。そして7時になると墨書押印をしていただいた。7時05分出発。

甲山寺、朝一番

甲山寺、朝一番

7時20分七十五番札所善通寺到着。道路を挟んで本堂(金堂)のある東院・伽藍、御影堂などがある西院誕生院からなる広い境内だった。

琴平は反対方向、善通寺からひと駅の所、そこからまた少しゆくと満濃池がある。その湖といも言える巨大な池は弘仁12年(821)に弘法大師空海によって築池された。空海の生誕の地がこの善通寺で、宝亀5年(774)6月15日にこの地で生まれたということだ。京都東寺、紀州高野山とならぶ弘法大師三大霊跡のひとつとして、遍路だけではなく、大勢の観光客で平日の早朝にもかかわらず賑わっていた。

ちなみに海岸寺とも言われているが、司馬遼太郎先生は「出産のときに海浜に産屋でも設けらたのがそういう伝承になったのかもしれない」と書いている。

善通寺御影堂にて

善通寺御影堂にて

7時50分、東院、赤門を出た。8時50分七十六番金倉寺着。納経を済ませ、山門近くにあるうどん屋に行ったのだけれど、まだ開店前ということだった。それほど空腹ではなかったのだけれど、讃岐ではうどんを食べようと考えていた。9時10分出発。

善通寺から多度津町に入る。3キロほど先にある海岸寺も考えたのだけれど、そのまま進んだ。10時10分七十七番札所道隆寺到着。10時35分出発。県道21号線にJoyfullがあった。がしかし、讃岐では「うどん」だった。ドリンクバーの誘惑に負けずに交通量の多い県道を丸亀市内へと歩いた。



溟濛、冥界(40日目の2)

In : 40日目, 涅槃の道場, Posted by 田原笠山 on 2008/11/27

10寺35分に道隆寺を出発して、11時前には丸亀市街地に入った。丸亀城見える商店街の近くにうどん屋があったので入る。11時10分。そのうどん屋「つつみ」でぶっかけうどんを食べた。大盛りで310円。安い。香川のうどん屋にはおでんを置いているところが多い。そして味噌をつけて食べる。名古屋だけではないのだと、その時に始めて知った。

飯野山(讃岐富士)

飯野山(讃岐富士)

11時30分出発。県道33号線、蓬莱橋を渡る。その頃になると、少しずつ雲が増えてきた。天気予報では午後から雨。少し後悔していた。ホテルに泊まるのが1日早かったと考えていたのだ。野宿に雨、場所が限定される。

宇多津町に入ったのが12時少し過ぎたところだった。瀬戸大橋四国健康村という健康ランドに行って泊まるには早すぎる時間だった。そのまま歩き12時20分七十八番札所郷照寺に着いた。

12時45分、郷照寺を出発。宇多津町から坂出市内に入る。坂出の商店街は今にも降り出しそうな天気のせいか、どことなく寂しく感じた。入り口にあるベンチで少し休憩。商店街を抜けて14時30分、七十九番札所高照院に到着。

正式には金華山高照院天皇寺。天王寺ではなく天皇寺だ。昔、保元元年(1156)、保元の乱にやぶれた崇徳上皇は讃岐のこの地に流された。その讃岐での隠棲の日々をこの寺でよく過ごしたという。そして、長寛2年(1164)8月、崩御された折に都からの指示があるまで遺体は八十場の泉に浸けて保存され、棺はこの寺に安置されたことから、天皇寺と改号されたということだ。

冬支度の大師像

冬支度の大師像。郷照寺にて

14時55分、出発しようとしたら雨がパラパラと降り始めた。小降だったのでそのまま歩く。と、少し行くと激しくなった。国道11号線の高架下でレインジャケットを着た。そこから左折して八十一番札所白峯寺、八十二番札所根来寺を打ち、国分寺へ下りるルートが歩きやすいと聞いていた。次の日に会った数組の遍路もそのルートを選んでいた。雨なのだからなお更だったのだろう。国分寺からの急登は地図でもその厳しさがうかがえた。

そして坂出簡易保険保養センターで風呂に入って、白峰パークセンターの屋上でテント、夜景を見ながらの夜は素晴らしいとも聞いていた。15時、登り6キロから7キロ。迷ったのだけれど、そのまま順路国分寺へと向かった。地図にコンビニと休憩所加茂駅が記されていた。そこで考えようと思った。雨は降り続けていたのだけれど、歩き始めた。

15時30分前、その休憩所に着く。よくある遍路小屋ではなくて、民家の休憩所だった。泊まれないと思って、そこから遍路道を外れて11号線沿いにあるローソン坂出加茂店に寄った。雨に濡れた上着とザックを玄関前に置いて入店した。買い物が終わると国分寺を目指して歩き始めた。風も吹き始めていた。ボクは少し急いだ。札所まで3キロ。溟濛、その暗さが心にも染みていた。



八十番国分寺、雨の野宿(40日目の3)

In : 40日目, 涅槃の道場, Posted by 田原笠山 on 2008/11/27

雨の中を八十番札所国分寺に着いたのは16時20分だった。山門をくぐり境内に入ると、雨は小降りになった。そして止んだ。その夜は降り続けた雨なのだけれど、ボクが国分寺にいる時と国分駅に行ってしばらくの間、1時間ほど止んでいた。

千体水子地蔵 生まれてこなければ苦しまずにすむかもしれない、と思っている。

千体水子地蔵 生まれてこなければ苦しまずにすむかもしれない、と思っている。

国分寺はその名のとおり、「聖武天皇が天平13年(741年)に発した国分寺建立の詔により、日本各地に建立された国分寺の1つ」(Wikipediaより)である。四国には1000年を越す歴史がすっぽりと残っている。そしてそれを取り囲むように現在文明が開けている。

遍路の道とは実際の道路を歩くだけではなくて、そういう歴史や精神世界の空間と空間を歩くことなのだろうと思った。いや、それが遍路なのだろうと。だとすると、本質的なところは、歴史を忠実にトレースすることなのではないかと考えた。今もなお逆打ちをして弘法大師空海に逢うことを試みる遍路や、古の遍路道を残そうとしているへんろみち保存会の方たちの思いも、空間と空間の旅、それは時間というものに制約されないという、精神的なもの、宗教の姿なのだろうと考えたりした。

16時50分、国分寺発。17時JR予讃線国分駅着。しばらくベンチで座っていた。夕方の通勤通学客で少しだけ賑わっていた。駅のベンチは最近よくある肘掛で仕切られているタイプだった。肘掛の目的よりも、そのベンチで眠られないようにしたのだろうと、思っていた。

18時になって、雨が少し強く振り出した。どうしようもなかった。男性が隣に座って、話をしてくれた。「もうあと数日なのでお気をつけて」と励ましていただいた。そして「寝るのなら、そこの自転車置き場のほうが良いかもしれませんよ」と教えてくれた。そして「これでコーヒーでも」と500円頂いた。

男性はそのままホームに行った。ボクは、手を合わせて男性に頭を下げた。少し涙ぐんだ。夜になり冷え込んでいた。ボクは自転車置き場に行った。そして一番端にマットを敷いて座った。

ローソンで買ったおにぎり3個と昨日のバナナを食べた。電車が着くと何人かが自転車置き場に来た。ボクがいることが分かると少し驚く人もいた。多分、逆だったら、かなり驚くだろうと思った。薄暗い小屋の片隅に男が座っているのだから。

寒くなったので寝袋を出してもぐり込んだ。カイロをふたつ足元に入れた。しばらくしたら眠っていた。そして電車が着くと目がさめた。何度か繰り返しながら、時間が流れていった。

屋根のあることの幸せ

屋根のあることの幸せ

善通寺市善通寺グランドホテル~高松市国分寺町JR国分駅
国分駅自転車置場泊

(出費)
・手打ちうどんつづみ
ぶっかけうどん大盛り 310円

・ローソン坂出加茂店
スパイシーデカウマソーセージ 113円
カロリーメイト 105円
チョコチップスナック(8) 179円
おにぎりシーチキンマヨネーズ 105円
おにぎり日高昆布 110円
おにぎりかつお 105円
(小計 717円)

・自動販売機
缶コーヒー×2 240円
ミルクティー1 120円

(合計 1387円)



讃岐平野(41日目の1)

In : 41日目, 涅槃の道場, Posted by 田原笠山 on 2008/11/28

雨だった。国分駅の自転車置場の朝。5時10分に目がさめた。それからいつものようにパッキングをした。屋根があるおかげで、寝袋もマットも濡れなくてすんだ。屋根のあることの幸せ。

6時00分出発。雨は小降りになっていた。そしてすぐに霧雨となって、止んだ。まだ暗かった。ボクはヘッドランプを点けて歩いた。国分寺山門前を通り、ラブホテルのところを曲がった。そして山に向かって歩いていると東の空が少しずつ明るくなっていった。遍路道の道標やマークを確認するために何度か立ち止まった。

県道180号線までの登りは雨上がりで歩きにくかった。そしてここも「遍路ころがし」と言われる難所だ。それでも途中の休憩所からは「野がひろく、山がとびきりひくい。野のあちこちに物でも撒いたように円錐形の丘が散在しており、野が広いせいか、海明かりのする空がひどく開豁に見え」と司馬遼太郎先生の書く讃岐の自然を高度を上げながら見ることが出来たのだから、それはそれで幸せなことなのだろう。

国分寺・白峯寺ルート一本松手前の休憩所にて

国分寺・白峯寺ルート一本松手前の休憩所にて

県道に出たら自衛隊駐屯地にそって自動車道を歩く。いきなり近代的な自衛隊車両に出くわすと、違う世界に紛れ込んだように驚いてしまった。そしてまた山道をあるく。自衛隊の厩舎横を通る。そして森の中に入ってゆく。一瞬のズレ。それは風景のタイムラグで、目の前を過去と現在が交差していた。

8時20分、2時間少しかけて八十一番札所白峯寺に到着。崇徳天皇陵のある山奥の札所は、初冬の装いだった。納経をすませると、少し休憩して、山門を出たところの自販機で暖かいミルクティーを飲んだ。かなり甘いものだけれど、その時はもう少し砂糖を足したかった。

9時00分に出発。ボクの前に女性ふたり連れの遍路が行った。休憩を少し取ったのは、彼女たちとの差を開けたかったということもあった。坂出簡易保険保養センターに宿泊しての出発のようだった。

そのふたりを分岐の手前で追い越した。根来寺を打ち終えて五色台みかん園のところでもう一度追い越すことになる。ボクは左、彼女たちは右折して国分寺を目指したのだけれど。

白峯寺からは、今来た道を打ち戻って、県道近くの分岐を左折する。そこからゆっくりとした登り坂が続いて、そしてまた県道に出る。そこからゆっくり下ってゆく。10時05分、みち草という食堂に寄った。空腹だった。うどんを頼んだ。そしてアーモンドチョコを買った。10時30分、みち草発。アーモンドチョコを食べながら自動車道を歩いた。

10時50分、八十二番札所根来寺着。初冬の白峯寺、そしてこの根来寺は晩秋の風景を残していた。紅葉が有名なのか観光客が大勢やって来ていた。そして確かに紅葉は今が盛りと燃えていた。

その山門をくぐると、三角寺、雲辺寺と会ったおじさん遍路氏がいた。そして外国人バックパッカーも隣にいた。おかしな組あわせといか、一緒にいたり別々だったり…。なんて考えながら、昨日のことなどを話し合った。ふたりはやはり坂出簡保保養センターに宿泊して、雨の様子を見ての出発だったそうだ。

「じゃあ、また」と彼らと別れて、ボクは本堂へと向かった。

白峯寺から根来寺への遍路道にて

白峯寺から根来寺への遍路道にて