Category : 40日目

弘法大師生誕の地へ(40日目の1)

In : 40日目, 涅槃の道場, Posted by 田原笠山 on 2008/11/27

4時30分に起きた。前夜の天気予報では午後から雨だった。少し早目に出発しようとは思っていた。買っておいたカップスープやコーヒーとパンの朝食。パッキングをしてもまだ出発するのには早すぎる時間。甲山寺まで打ち戻って、そしてまた戻ってきて善通寺という昨日からの往復が少しボクの気持ちを焦らせていた。

6時15分出発。6時35分七十四番札所甲山寺到着。開門していたので、そのまま本堂に向かい納経をする。その後大師堂。7時前には終わった。納経所が開く7時を待った。そして7時になると墨書押印をしていただいた。7時05分出発。

甲山寺、朝一番

甲山寺、朝一番

7時20分七十五番札所善通寺到着。道路を挟んで本堂(金堂)のある東院・伽藍、御影堂などがある西院誕生院からなる広い境内だった。

琴平は反対方向、善通寺からひと駅の所、そこからまた少しゆくと満濃池がある。その湖といも言える巨大な池は弘仁12年(821)に弘法大師空海によって築池された。空海の生誕の地がこの善通寺で、宝亀5年(774)6月15日にこの地で生まれたということだ。京都東寺、紀州高野山とならぶ弘法大師三大霊跡のひとつとして、遍路だけではなく、大勢の観光客で平日の早朝にもかかわらず賑わっていた。

ちなみに海岸寺とも言われているが、司馬遼太郎先生は「出産のときに海浜に産屋でも設けらたのがそういう伝承になったのかもしれない」と書いている。

善通寺御影堂にて

善通寺御影堂にて

7時50分、東院、赤門を出た。8時50分七十六番金倉寺着。納経を済ませ、山門近くにあるうどん屋に行ったのだけれど、まだ開店前ということだった。それほど空腹ではなかったのだけれど、讃岐ではうどんを食べようと考えていた。9時10分出発。

善通寺から多度津町に入る。3キロほど先にある海岸寺も考えたのだけれど、そのまま進んだ。10時10分七十七番札所道隆寺到着。10時35分出発。県道21号線にJoyfullがあった。がしかし、讃岐では「うどん」だった。ドリンクバーの誘惑に負けずに交通量の多い県道を丸亀市内へと歩いた。



溟濛、冥界(40日目の2)

In : 40日目, 涅槃の道場, Posted by 田原笠山 on 2008/11/27

10寺35分に道隆寺を出発して、11時前には丸亀市街地に入った。丸亀城見える商店街の近くにうどん屋があったので入る。11時10分。そのうどん屋「つつみ」でぶっかけうどんを食べた。大盛りで310円。安い。香川のうどん屋にはおでんを置いているところが多い。そして味噌をつけて食べる。名古屋だけではないのだと、その時に始めて知った。

飯野山(讃岐富士)

飯野山(讃岐富士)

11時30分出発。県道33号線、蓬莱橋を渡る。その頃になると、少しずつ雲が増えてきた。天気予報では午後から雨。少し後悔していた。ホテルに泊まるのが1日早かったと考えていたのだ。野宿に雨、場所が限定される。

宇多津町に入ったのが12時少し過ぎたところだった。瀬戸大橋四国健康村という健康ランドに行って泊まるには早すぎる時間だった。そのまま歩き12時20分七十八番札所郷照寺に着いた。

12時45分、郷照寺を出発。宇多津町から坂出市内に入る。坂出の商店街は今にも降り出しそうな天気のせいか、どことなく寂しく感じた。入り口にあるベンチで少し休憩。商店街を抜けて14時30分、七十九番札所高照院に到着。

正式には金華山高照院天皇寺。天王寺ではなく天皇寺だ。昔、保元元年(1156)、保元の乱にやぶれた崇徳上皇は讃岐のこの地に流された。その讃岐での隠棲の日々をこの寺でよく過ごしたという。そして、長寛2年(1164)8月、崩御された折に都からの指示があるまで遺体は八十場の泉に浸けて保存され、棺はこの寺に安置されたことから、天皇寺と改号されたということだ。

冬支度の大師像

冬支度の大師像。郷照寺にて

14時55分、出発しようとしたら雨がパラパラと降り始めた。小降だったのでそのまま歩く。と、少し行くと激しくなった。国道11号線の高架下でレインジャケットを着た。そこから左折して八十一番札所白峯寺、八十二番札所根来寺を打ち、国分寺へ下りるルートが歩きやすいと聞いていた。次の日に会った数組の遍路もそのルートを選んでいた。雨なのだからなお更だったのだろう。国分寺からの急登は地図でもその厳しさがうかがえた。

そして坂出簡易保険保養センターで風呂に入って、白峰パークセンターの屋上でテント、夜景を見ながらの夜は素晴らしいとも聞いていた。15時、登り6キロから7キロ。迷ったのだけれど、そのまま順路国分寺へと向かった。地図にコンビニと休憩所加茂駅が記されていた。そこで考えようと思った。雨は降り続けていたのだけれど、歩き始めた。

15時30分前、その休憩所に着く。よくある遍路小屋ではなくて、民家の休憩所だった。泊まれないと思って、そこから遍路道を外れて11号線沿いにあるローソン坂出加茂店に寄った。雨に濡れた上着とザックを玄関前に置いて入店した。買い物が終わると国分寺を目指して歩き始めた。風も吹き始めていた。ボクは少し急いだ。札所まで3キロ。溟濛、その暗さが心にも染みていた。



八十番国分寺、雨の野宿(40日目の3)

In : 40日目, 涅槃の道場, Posted by 田原笠山 on 2008/11/27

雨の中を八十番札所国分寺に着いたのは16時20分だった。山門をくぐり境内に入ると、雨は小降りになった。そして止んだ。その夜は降り続けた雨なのだけれど、ボクが国分寺にいる時と国分駅に行ってしばらくの間、1時間ほど止んでいた。

千体水子地蔵 生まれてこなければ苦しまずにすむかもしれない、と思っている。

千体水子地蔵 生まれてこなければ苦しまずにすむかもしれない、と思っている。

国分寺はその名のとおり、「聖武天皇が天平13年(741年)に発した国分寺建立の詔により、日本各地に建立された国分寺の1つ」(Wikipediaより)である。四国には1000年を越す歴史がすっぽりと残っている。そしてそれを取り囲むように現在文明が開けている。

遍路の道とは実際の道路を歩くだけではなくて、そういう歴史や精神世界の空間と空間を歩くことなのだろうと思った。いや、それが遍路なのだろうと。だとすると、本質的なところは、歴史を忠実にトレースすることなのではないかと考えた。今もなお逆打ちをして弘法大師空海に逢うことを試みる遍路や、古の遍路道を残そうとしているへんろみち保存会の方たちの思いも、空間と空間の旅、それは時間というものに制約されないという、精神的なもの、宗教の姿なのだろうと考えたりした。

16時50分、国分寺発。17時JR予讃線国分駅着。しばらくベンチで座っていた。夕方の通勤通学客で少しだけ賑わっていた。駅のベンチは最近よくある肘掛で仕切られているタイプだった。肘掛の目的よりも、そのベンチで眠られないようにしたのだろうと、思っていた。

18時になって、雨が少し強く振り出した。どうしようもなかった。男性が隣に座って、話をしてくれた。「もうあと数日なのでお気をつけて」と励ましていただいた。そして「寝るのなら、そこの自転車置き場のほうが良いかもしれませんよ」と教えてくれた。そして「これでコーヒーでも」と500円頂いた。

男性はそのままホームに行った。ボクは、手を合わせて男性に頭を下げた。少し涙ぐんだ。夜になり冷え込んでいた。ボクは自転車置き場に行った。そして一番端にマットを敷いて座った。

ローソンで買ったおにぎり3個と昨日のバナナを食べた。電車が着くと何人かが自転車置き場に来た。ボクがいることが分かると少し驚く人もいた。多分、逆だったら、かなり驚くだろうと思った。薄暗い小屋の片隅に男が座っているのだから。

寒くなったので寝袋を出してもぐり込んだ。カイロをふたつ足元に入れた。しばらくしたら眠っていた。そして電車が着くと目がさめた。何度か繰り返しながら、時間が流れていった。

屋根のあることの幸せ

屋根のあることの幸せ

善通寺市善通寺グランドホテル~高松市国分寺町JR国分駅
国分駅自転車置場泊

(出費)
・手打ちうどんつづみ
ぶっかけうどん大盛り 310円

・ローソン坂出加茂店
スパイシーデカウマソーセージ 113円
カロリーメイト 105円
チョコチップスナック(8) 179円
おにぎりシーチキンマヨネーズ 105円
おにぎり日高昆布 110円
おにぎりかつお 105円
(小計 717円)

・自動販売機
缶コーヒー×2 240円
ミルクティー1 120円

(合計 1387円)