Category : 39日目

神仏習合、神も仏もいる場所(39日目の1)

In : 39日目, 涅槃の道場, Posted by 田原笠山 on 2008/11/26

5時30分起床。少し前には眠りから覚めてはいたのだけれど、早く起きたといしても早く出発するつもりもなかったので、そのまま目を閉じていた。それからパッキングをして洗顔、掃除、大師堂にお参りをして出発したのが6時10分だった。まだ夜の尻尾が山裾に残っていた。

早朝の観音寺市内を遠くに見ながら、7時少し前に六十七番札所大興寺に到着。空腹。そのまま7時30分に出発。国道377号線、朝の通勤ラッシュの国道を横断して遍路道を歩く。高速道の下に8時過ぎに着く。このあたりに遍路日記で読んだ「大喜多うどん」があるはずだけれど、まだ開店前だろうと思いそのまま高架をくぐる。そう考えると空腹感が増してきた。

黄金色のイチョウの納札?

黄金色のイチョウの納札?大興寺にて

県道6号線を歩いて、9時05分サンクス観音寺坂本店に到着。買い物をして駐車場であんぱんと缶コーヒーの朝食。ブラックサンダーも食べて、飴を口に入れて出発した。

観音寺市内を少し迷いながら、そして琴弾八幡宮のところも迷って、神社からの参道が分からないまま9時40分六十八番札所神恵院(じんねいん)、そしてとなりの六十九番札所観音寺に到着。

ここはその2つの札所が並んである。納経所はひとつで、一寺二札所という珍しい札所だ。そして琴弾八幡宮、このへんが日本の宗教のややこしいところだ。明治の神仏分離がなければ、石鎚も琴平もそしてこのここもひとつの宗教施設として存在していたのだから。

「仏教には神仏による救済の思想さえない」と司馬遼太郎先生が書いているように、解脱することこそが宗教者の目的だったのだから。教義や絶対者としての神や仏が幸いにも曖昧だったので、ボクたちは八百万の神や仏を拝むことになる。そして神社で七五三を行い、キリストの前で永遠の愛を誓い、仏の前で死の儀式を執り行う。

ということは廃仏毀釈という動きの中で、血なまぐさい事件も目だって起きることなく、そうしてその間にさえ仏教が残り、遍路も続けられていたことを考えると、日本人の柔軟性という世界的にも稀な資質こそが普遍的な宗教的な価値を持つのではないかと考えた。

六十八番・神恵院 (香川県観音寺市) : 札所周辺見て歩記 : 人 遊 食 : 関西発 :(読売新聞)
開祖・日証上人が、現琴弾公園の「問答石」に座って黙想していた時、老人が船に乗って近くの海岸に到着した。上人が問うと、「我は八幡大菩薩(大分県・宇佐八幡明神)なり」。証しを見たいと聞くと、老人は海を竹林、松林に変えてしまった。驚いた上人が小舟や琴を琴弾山に引き上げて、祖となる琴弾八幡宮を創建したという。

仏陀でも空海でもなく八幡神なのだ。寺の守護神として神社が建立されるというのは、なにもここだけではなくて広くどこでも行われていた。東大寺もそうだ。習合して、そして明治に分離された。

遍路も宗教的な行為としてではなくて、ロングトレイルとして、あるいはスタンプラリーとして行われれ、そして受け入れられるということは、もしかしたら世界的に類をみないのかもしれないと考えた。目がさめて、そして歩き始めれば遍路なのだから。

その2つの札所で納経が終わってベンチで座って、今着いた歩き遍路の人と少し話した。高知の人で区切り打ちをしているということだった。彼が納経に向かうとボクも出発した。10時30分だった。

この日は7か所を打つことになる。

この日は7か所を打つことになる。



極楽浄土への路銀(39日目の2)

In : 39日目, 涅槃の道場, Posted by 田原笠山 on 2008/11/26

10時30分に観音寺を出発したボクは財田川沿いの遍路道を歩いて七十番札所本山寺に向かっていた。途中、年配のご婦人に声をかけていただいた。そして並んで川沿いの道を歩きながら、遍路のことや観音寺の昔のことなどを聞いた。

するとその女性が「今は結婚して豊田市に住んでいるんですよ」と言った。それからまたボクも豊田にいたこと、愛知に住んでいたという話になった。約30分ほどの間だったのだけれどなんだか縁のようなものを感じた。たまたま帰省していた女性と、たまたまそこを通っていた遍路に共通点がある、ということはさして珍しくもないのだろうけれど、ボクたちにとってはもうないことかもしれないと考えていた。

稲積橋のもうひとつ先の橋を越えたところに「かなくま餅福田屋」の看板が見えた。10時30分、ボクはその店に行くことをその女性に告げて別れた。白藤大師堂の遍路日記にも書いていたのだけれど、観音寺の観光案内にもその店を紹介していた。

かなくま餅うどん

かなくま餅うどん

餅屋なのかうどん屋なのか、と思いながら暖簾をくぐった。噂の餅入りうどんを注文した。味噌と醤油があるということだったのだけれど…、醤油を頼んだ。410円。そして盛り寿司も頼んだ。それは180円だった。美味しかった。四国に来て、初めてのうどんだった。どうしてこうもうどんと縁がなかったのだろうかと考えた。讃岐、香川以外の四国三県はうどん屋がすくないのかもしれないと思った。

ボクが食べていると高知の区切り遍路の男性が入ってきた。そしてボクの前に座った。少し話をした。彼も膝を痛めているようだったので、荷物の重さと膝のことなんかを話した。

彼の注文が来て、少し過ぎてボクは立ち上がった。「じゃあ、また」と挨拶をしてからレジに向かった。あんこ入りの餅を2つ注文した。そしたらお接待です、とお金を受け取らなかった。11時30分だった。

12時00分七十番札所本山寺に到着。ここで六文銭のお守りを買った。六文銭は極楽浄土への路銀として棺桶に入れ、三途の川の渡し賃にすると言われている。また長寿や魔除けに霊験があると言われている。

12時20分、その六文銭のお守りをザックに入れてから出発した。七十一番札所弥谷寺(いやだにじ)まで11キロほどの道のりだった。順路を取らずに67番、70番、68番69番、そして71番と打ったほうが3キロほど短いそうだ。

国道11号線を通った。郵便局に行きたかった。交通量の多い場所でどうも歩きにくかった。途中高瀬町内の郵便局でお金を下ろした。それからその先を左折して県道221号線の遍路道に入った。旧三野町の自動車道から遍路道になる登坂のところで、昨日会った外国人バックパッカーに追い抜かれた。ひとりだった。おじさん遍路と雲辺寺を下っていったのだけれど、きっと同じホテルに泊まったとしても出発時間が違ったのだろうと考えた。

その辺りから弥谷寺の380段の階段と、登りの道は辛いものがあった。15時20分、3時間かけて到着。嫌な時間、その日は曼荼羅寺、出釈迦寺と打ち終えて、出来れば甲山寺を打って善通寺周辺でねぐらを探したいと思っていた。

ねぐらというか、ホテルに泊まる気満々だった。ゴールが見えてきた安心感のようなものが、さらに安心感を求めていたのだろう。それにこれから続く市街地を前に、身体や白衣を洗いたかった。

弥谷寺にて

弥谷寺にて



色即是色、涅槃の夜(39日目の3)

In : 39日目, 涅槃の道場, Posted by 田原笠山 on 2008/11/26

15時50分に弥谷寺を出発した。道の駅「ふれあいパークみの」が見えた。なんとも微妙な時間だった。この温泉の入湯料は1750円と少し高めだそうだ。ただ、閉店まで仮眠して野宿すれば安いと思った。微妙な時間。

坂を下り、七十二番札所曼荼羅寺に急いだ。16時15分到着。その近くにある門先屋旅館の前で自転車遍路にぶつけられそうになった。こっちに向かって来たのだから驚いた。その人は坂口屋に泊まるようだった。

16時35分、納経所を済ませると急いで七十三番札所出釈迦(しゅっしゃか)寺の坂を登り始めた。16時40分、出釈迦寺着。納経を済まして山門を出たのが17時05分、初冬の夜は驚くほど突然にやって来る。

夕暮れにたたずむ出釈迦寺の修行大師

夕暮れにたたずむ出釈迦寺の修行大師

坂を下って、坂口屋旅館は営業していなかったので、曼荼羅寺横の角先屋旅館に入った。そして「あの、一泊おいくらでしょうか」と訊ねた。「7300円」という値段を聞いてから、「すみません予算が合わないもので」と謝り表に出た。それから引階池のところでヘッドランプを取り出してスイッチを入れた。たっぷりと夜だった。

遍路道を行きかけたのだけれど、暗闇が県道を歩かせた。その自動車道経由甲山時に着いたのが18時、その虚しく広い駐車場で眠ろうかとも考えた。少しベンチに座って考えた。最後の食料、カロリーメイトとスニッカーズを食べた。空腹は満たされなかった。

その空腹感とホテルに泊まりたいという欲望が身体を動かした。ボクは善通寺市内へと向かった。翌朝、打ち戻って、今いた甲山寺から始めなければならなかった。18時20分、夜の道を歩く遍路、それを車のヘッドライトが照らし続けた。少し恥ずかしいと思った。夜遍路は目立つ。

19時少し前に善通寺グランドホテルに着いた。そこが地図では一番近かった。そして外壁に書かれた「4800円」という文字に誘われた。チェックインをした。

それから部屋へ行くと、シャワーを浴びて、洗濯をした。洗濯を干すと、買い物に出た。近くに「筑豊ラーメン山小屋」があったので、そこに入った。チェーン店でよく見かけるのだけれど、その時が初めてだった。「昭和」と書いて「むかし」と読ませるラーメンを食べた。それとライス。辛子高菜が懐かしかった。

そして食べ終わるとマルヨシショッピングセンターに行った。20時10分になっていた。夜の街を歩き、買い物をするということがとても新鮮だった。それでも疲れていて、身体がフワリと浮いているように感じていた。

買い物を済ませるとホテルに戻った。クノールカップスープを二杯分作ってバナナ2個と一緒に食べた。今食べたばかりなのに、まだ胃にはスペースがあって、入りそうに思えた。というか、どこか感覚が麻痺しているようにも感じた。ボクはバスタブにお湯を張って浸かった。そして上がるとベッドにもぐり込んだ。

アダルトビデオの番組表が気になった。それでも1000円のプリペイドカードを買って、なんて体力も残っていなかった。いや、そういう体力を使いたくもなかった。目を閉じれば眠れると分かっていたから。

そうしてボクはいつものように落ちるように眠った。電灯は点けっぱなしだった。そして朝方に夢精して目ざめた。最後に一枚残ったパンツは洗濯して干してあった。ホテルの浴衣からは嫌な匂いがしていた。ティッシュペーパーで拭くと、また眠った。涅槃の夜だった。

足の踏み場もなくなります。善通寺グランドホテルの部屋にて

足の踏み場もなくなります。善通寺グランドホテルの部屋にて

観音寺市粟井町白藤大師堂~善通寺市下吉田町
善通寺グランドホテル泊

(出費)
・サンクス観音寺坂本店
カロリーメイト 105円
デニッシュ小倉あん 105円
スニッカーズピーナッツ 120円
ブラックサンダー×2 62円
VC3000のど飴 100円
(小計 492円)

・福田かなくまうどん
かなくま餅うどん 410円
盛寿司 180円
(小計 590円)

・本山寺
六文銭お守り 1000円

・善通寺グランドホテル
宿泊代 5250円

・筑豊ラーメン山小屋
昭和(むかし)ラーメン 770円
ライス(小) 130円
(小計 900円)

・マルヨシショッピングセンター
スナックスティック 168円
ゴールドブレンドスティック 198円
クノールカップスープ(5袋入り) 178円
バナナ4個 98円
(小計 642円)

・自動販売機
缶コーヒー×2 240円

(合計 9114円)