Category : 32日目

そして松山市へ(32日目の1)

In : 32日目, 菩提の道場, Posted by 田原笠山 on 2008/11/19

夜中に舞っていた雪はそれほど積ってはいなかったけれど、風景をところどころ染め抜いたモノトーンの寂寞とした絵にしていた。その感じが寒さを感じさせた。車は普通どおりに走っていた。人々は自然よりも早く冬支度をしていたのだろうと思った。6時30分に寝袋から抜け出す。パッキングする。備え付けのほうきで掃除をしてから出発した。7時。

途中何人か遍路に会う。久万高原町に宿泊して朝一番で岩屋寺を目指しているのだろう。ふるさと旅行村を過ぎたところで缶コーヒーを買う。飲むというよりも、その暖かさに飢えていた。「カイロを買わないとなあ」と思った。

浄瑠璃寺の木彫り坐仏

浄瑠璃寺の木彫り坐仏

8時45分、、北方公衆休憩所に到着。 ここにも野宿する人が多いのだろうと思うような大きな休憩所だった。ベンチに座って昨日買ったおにぎり弁当をほっとレモンで流し込む。9時15分出発。国道33号線を三坂峠、そしていよいよ松山市内に入る。ゆっくりとした、そしてゆったりカーブし登ってゆく道路を歩いた。

途中2人に追い抜かれる。早い。そして2人とすれ違う。逆打ちをしているのだろうアベックだった。距離が離れていた。女性のほうは足が痛そうだった。重そうな登山靴を履いていた。きっと、足の痛み、歩行速度についての諍いがあったのだろうと思った。女性は下を向いたままだった。同行二人、実は難しい。ボクも金剛杖にあたることがしばしばあった。ただ、金剛杖は無言で受け入れてくれたのだけれど。

10時40分、三坂峠レストパーク着。追い抜かれた2人と、もう1人、3人が休憩していた。トイレ、そしてパンを食べた。次々と出発して行った。10時55分、ボクも出発。国道三坂峠を越えて少し行ったところを遍路道に入る。下り坂になる。そこから松山市だ。標高710メートルから坂本屋300メートルを一気に下ることになる。落葉が敷き詰められた山道は何度か滑った。

途中、松山の街並みが見えた。これから40の札所を10日ほどで巡ることになる。そう思うと身体も軽くなった。12時10分坂本屋。2人が休憩していた。ボクはそのまま素通り。12時35分、網掛石。その手前で追い抜かれる。少し休憩。天気は回復していた。峠を下り、標高が低くなるにつれて温度も上がっていくように感じた。確かに汗をかいていた。朝着込んでいた、ダウンジャケットやレインジャケットはすでに脱いでいた。いつもの遍路姿になっていた。

13時10分、四十六番札所浄瑠璃寺着。13時40分出発。14時00分四十七番札所八坂寺着。14時30分出発。

忙しく感じた。そして空腹をおぼえた。国道をはずれた遍路道には食堂もコンビにもなかった。

親子3人、一緒に巡礼できることは、それだけで幸せなことなのかもしれない。

親子3人、一緒に巡礼できることは、それだけで幸せなことなのかもしれない。



文殊院と札始大師堂(32日目の2)

In : 32日目, 菩提の道場, Posted by 田原笠山 on 2008/11/19

四十七番札所八坂寺を14時30分に出発した。すぐに別格第九番札所文殊院がある。四国遍路の元祖と言われる河野衛門三郎の菩提寺で、彼の屋敷跡とされている。その衛門三郎の伝説については以下のサイトに詳しく説明されている。
お大師様と衛門三郎

「ぎゃくへんろみち」と刻まれたへんろ石。「ぎゃく」というのが珍しい。衛門三郎ゆかりの地だからだおうか。

「ぎゃくへんろみち」と刻まれたへんろ石。「ぎゃく」というのが珍しい。衛門三郎ゆかりの地だからだおうか。

焼山寺を少し下ったところに杖杉庵というのがあるのだけれど、そこは衛門三郎が21度目の遍路の途中でやっと弘法大師に会うことが出来た場所であり、彼が亡くなった場所でもある。杖の杉、杖杉庵の由来は、衛門三郎の金剛杖が杉になったということからだそうだ。その21回目の遍路は逆打ちだった。要するに巡礼しているお大師様に会うためには逆に回るほうが絶対的に確立が高くなるということ。逆打ちをする人の多くの遍路もその理由からなのだろう。

文殊院から1キロと少し歩くと札始大師堂がある。弘法大師の後を追った衛門三郎がお大師様に自分がお参りしたことが分かるようにとお堂に「せば札」という札を貼り始めたそうです。それがこの大師堂で、そして現在の「納め札」の始まりだそうだ。

この日、文殊院にはツアーでの巡礼客が大勢来ていた。札始大師堂はコースには入っていないのか、駐車場もないのか、静かに佇んでいた。遍路道が県道40号になると、車の通りも多くなり文明の香りがした。重信川に架かる久谷大橋を渡る。雲の間からは光が差していた。空腹、しかし今日もまた時間に追われていた。17時にどこにいるかが問題なのだ。

15時45分四十八番札所西林寺到着。この日は大師堂の落慶式があったらしくて、新しい大師堂はその名残を残していた。16時10分出発。県道を通ろうかと考えた。その方が近いように思った。時間、距離、遍路を終えて考えてみれば、なんと些細なことでこの身体を痛めつけていたことかと、思った。

いや、人生のほとんどは、そのことで思い悩む、そして患う。そこを考えなければ、かなり楽に生きられる。

また夜がそこまでやって来ていた。

西林寺 水子地蔵尊

西林寺 水子地蔵尊



松山の夜、公園の夜(32日目の3)

In : 32日目, 菩提の道場, Posted by 田原笠山 on 2008/11/19

四十八番札所西林寺を16時10分に出発して次の四十九番札所浄土寺に着いたのは、納経所の閉まる10分前だった。前日と同じように、また最初に納経所にてお願いする。それから本堂へと向かった。その頃にひとり山門をくぐって入ってくる遍路が見えた。

浄土寺の大師像

浄土寺の大師像

大師堂での納経が終わり山門に向かうと、その遍路がベンチに座っていた。「こんにちは」と声をかけた。バイクで回ってるということで、電話して宿の予約を入れたところだと話してくれた。そして「この近くにお泊まりになるんですか」と訊いてきたので「まだ、決めてないのですよ」と答えた。「じゃあ、お気をつけて」と挨拶をしてから山門を出た。17時20分。夕暮れ、というよりも夜だった。

左に曲がるとすぐにファミリーマート鷹子町西町店があった。そこでこの日初めての買い物をした。三坂峠でパンを食べてから何も食べていなかった。買い物をすると遍路道を進んだ。街は仕事帰り、学校帰りの人で賑わっていた。道路は歩きにくかった。

17時50分、少し歩くと公園があった。日尾公園だ。かなり広そうな公園だということは分かったけれど、暗かったので良くは分からなかった。取りあえずトイレのある上のほうに行った。そして目立たないところにテントを張った。日が暮れると一気に空気は重くそして冷えてきた。前夜のことを思い出した。「カイロ」とつぶやいた。

カイロを買い忘れていたので、またファミリーマートに行くことにした。幸い公園の先にファミリーマートがあった。南久米店。そこで使い捨てカイロとカップヌードルを買った。そしてお湯を入れて公園へ戻った。18時40分。テントの中でカップ麺とおにぎりを食べた。それからトイレの前の水道を借りて洗濯をした。ついでに頭も洗った。

テントに戻り、入り口から見える松山の夜景を見ていた。そうして目を閉じた。いつの間にか眠りに落ちていた。やはり何度か起きた。カイロを足元、寝袋に貼った。寒さは和らいだけれど、それで熟睡するということもなかった。いつものことだったのだけれど。

テントの中から見える街並み

テントの中から見える街並み

*久万高原町西之川バス停~松山市日尾公園
*日尾公園泊

(出費)
・ファミリーマート鷹子町西町店
直巻焼鮭 110円
鶏五目 128円
ツナマヨネーズ 105円
カロリーメート 105円
ピーナッツブロックチョコ 105円
(小計 553円)

・ファミリーマート南久米店
シーフードヌードル 168円
ポッカロン貼るミニ10p 298円
(小計 456円)

・自動販売機
缶コーヒー×2 240円
ホットレモン 120円

(合計 1369円)