Category : 菩提の道場

篠山詣り(27日目の1)

In : 27日目, Posted by 田原笠山 on 2008/11/14

4時に同宿人を殺めてしまったボクは、そのまま起きていて自販機の灯りで日記を書いたり、前日に買った包帯を菅笠の台座に巻いていた。歯痛で飲んだ鎮痛剤が効いているのか膝の痛みは少なかった。徐々に明けてゆく空を睨みながら出発するタイミングをはかっていた。6時30分出発。いよいよ長く苦しく哀しかった高知も終わりに近づいていた。

宿毛から四十番札所観自在寺へのルートもいくつかあって、ボクが歩いた56号線篠川を遡って愛南町へ抜けるのは普通は篠山神社に詣でる遍路道とされている。篠山詣りをしない松尾峠超えが一般的な歩き遍路のコースとされていて、昨日の青年も松尾峠の子安地蔵の通夜堂に宿泊してから一本松に抜けているはずだった。(彼は松尾大師堂と言ったのだけれど)

そして菩提の道場に入った

そして菩提の道場、愛媛県に入った


札掛という地名があって、そこは「篠山詣りを果たせなかった遍路が、この地に札を掛け篠山を遥拝して去った名残の地名」と言われている。(へんろみち保存協会編「四国遍路、地図編」より引用)

その篠山神社へは国道56号線、正木トンネルの手前から右折するのだけれど、トンネルの手前がちょうど愛媛と高知の県境になっていて、ボクは篠山というよりも愛媛に早く入りたいと交差点を通り過ぎた。8時少し前だった。そしてボクは愛媛に入った。修行の道場を抜けて、いよいよ菩提の道場へ来たのだ。少し身体が楽になったようにも感じた。膝も鎮痛剤とバンテリンが効いているのか調子は良かった。歯は痛んでいたけれど。

8時40分フレッショ一本松着。のり巻き、あんぱん、卵焼きを買ってバス停のベンチで食べた。一本松温泉がそばにある。10時からの営業、あと1時間…考えた。風呂に入りたかった。ムカデのこともあった。9時出発。

10時、56号線の道端で休憩。10時10分出発。ぐっと気温が上がっていた。車でドライブというのには気持ちよさそうな道路だった。ゆったりとしたカーブと上り坂、晩秋の乾いた空気と広がる青空、その青と紅葉の始まった山、牧歌的と表現するのだろう風景は歩くには退屈なものにしかすぎなかった。

11時少し過ぎに愛南町に入る。宇和島バス城辺駅手前で男性にみかんをいただく。それを食べながら愛南町内を抜ける。僧都川にかかる橋を渡らず川の防波堤道路を歩く。川原の公園は整備されていて、野宿には良さそうな場所だった。そのことを最初に考えた。観自在寺はもうそこだった。

一本木隧道の壁には曼荼羅が自然にできたいた。奇跡。

一本木隧道の壁には曼荼羅が自然にできたいた。奇跡。



観自在寺、そして九州に一番近い場所へ(27日目の2)

In : 27日目, 菩提の道場, Posted by 田原笠山 on 2008/11/14

11時50分、観自在寺の手前の川原で休憩。2時間ほどノンストップで歩き続けた。12時05分、橋を通らずに川の中に敷かれている飛び石を歩いて対岸に渡る。12時15分、四十番札所観自在寺到着。長い1日はまだ終わりではなかったのだけれど、身体や気持ちはどこかでゆっくり眠りたいと訴えているようだった。

少し眉毛が濃いと思う観自在寺の座禅仏

少し眉毛が濃いと思う観自在寺の座禅仏


13時出発。10分後にあったスーパーにて買い物をした。それから5分ほどするとJoyfullが見えた。大岐海岸ではあるはずの店がなくてがっかりしたのだけれど、今回は思ってもみなかったタイミングと場所で見つけたので、声が出そうなぐらい嬉しかった。食べなくて良かったと思った。

13時15分、ミックスグリル定食とドリンクバーの昼食。ドリンクバーもそう何杯も飲めるものではないし、後のトイレのことも考えたので、コーヒーを2杯と抹茶ラテを飲んだ。久しぶりの肉は、そのまま筋肉になるように感じた。30分後、13時45分に出発した。

15時05分、菊川小学校の先で休憩。トイレがなくて困った。近くの空地で用を足す。その手前の酒屋さんの自販機で100円で売られていた500ミリ缶のアクエリアスを飲む。あとはねぐらを探すだけだった。決まってはいなかったけれど、海岸が近づいていたので安心はしていた。砂浜があればそこにテントを張ろうと考えていた。内海にはトイレと休憩所があるはずだった。それを地図で確認していた。

内海から柳水大師、清水大師を通り宇和島に抜けるコースは時間的に無理だと思った。また「正式なコース」を外れる。昨日の松尾峠も時間の問題、泊まる場所の問題だった。16時過ぎに内海の町に入る。地図に記されていた休憩所は「DE・あい・21」という役場施設内にあった。泊まれそうになかった。そして明日からは「空海ウォーク」というのがあるらしくて、その横断幕が張られていた。そこを起点として、柏峠、柳水大師、清水大師ルートを歩くというコースということだった。遍路というよりも、もうすこし健康なにおいのするウォーキングなのだ。ボクがそこに止まることは、何か場違いのように感じた。

そのまま国道56号線を大浜、須の川へ向かう。そこにも休憩所があるはずだった。「ゆらり内海」という温泉マークもあった。そのマークがボクを元気にした。内海隧道の歩行者専用トンネルを歩いていた。もうすぐ夜がまた来る。歩行が早くなる。ウルトラマンのタイマーは点滅状態、そんな感じだった。

由良岬に沈む夕陽、豊後水道そしてその向こうには鶴御崎、九州に一番近づいた瞬間

由良岬に沈む夕陽、豊後水道そしてその向こうには鶴御崎、九州に一番近づいた瞬間



須の川、アヒルの宿(27日目の3)

In : 27日目, 菩提の道場, Posted by 田原笠山 on 2008/11/14

トンネルを抜けると…夕陽は豊後水道にすっかり沈んでしまっていた。残光は雲を照らす、というかその雲の中に逃げ込んでいてそこで燃えているような風景だった。秋の夕暮れは朱が強く滲む。それも湿度が高い日には特に色を深くする。

夕陽の沈むと夜が始まる

夕陽の沈むと雲が燃える、その焼跡から夜が生まれる


17時、須の川着、そのままゆらり内海へ向かう。入湯料400円、シャンプー、ボディーソープ付き、そして塩風呂だった。塩風呂は身体を引締めるように感じた。4日前に津呂の善根宿で入って以来の風呂。湯船に浸かっていると眠くなる。30分ほどで切り上げてそのまま施設内のレストランへ行った。

ゆらりレストランのカウンターに座って「鯛のみぞれ揚げ定食」を注文した。「ビールもください」と言いそうになった。別にかまわないだろうけれど、四国にいる間は一滴も飲まなかった。禁酒していたということではなくて、飲まなくても良かった、あるいは飲めなかったのだけれど。野宿していると緊張を解くのが怖くなる。朝のようにムカデの這う気配で起きるぐらいがちょうどいいのかもしれない。

ゆらり内海を出たボクは、道路を挟んで向かい側に広がる須の川公園に向かった。ヘッドライトの灯りでねぐらを物色した。結局淡水池のそばにテントを張った。東屋に野宿とも考えたのだけれど、広すぎる小屋はなんだか怖さを感じていた。そのときはそう感じた。15デニールというとても薄い生地のテント(シェルターなんだけれど)でも、囲まれているということはそれだけで安心だった。

池のそばに白いものがいっぱい並んでいた。アヒルだった。そこはアヒルのねぐらでもあった。動物たちのねぐらということは、ボクにも安全だということだと思った。いや、彼らは有事には池に逃げ込むことが出来るから水辺ならどこでも安全なのかもしれない。ボクもその時は池に飛び込むか、なんて考えながら、マットに空気を入れ、寝袋を拡げ、そしてもぐり込んだ。そしてアヒルたちを見ていた。熟睡は出来ないけれど、すぐに眠りには入ることができた。何度も起こされたとしても。

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十六夜の月

十六夜の月

*宿毛市野地宿毛珊瑚センター~愛南町須の川
*須の川公園泊

(出費)
・フレッショ一本松
のり巻き 300円
あんぱん 115円
卵焼き 147円
(小計 562円)

・スパー御荘店
パン 120円
カロリーメイト 208円
チーズ入りかまぼこ4本入り 108円
(小計 436円)

・Joyfull愛媛御荘店
ミックスグリルランチ 499円
ドリンクバー 200円
(小計 699円)

・ゆらり内海
入湯料 400円
鯛のみぞれ揚定食 830円
(小計 1230円)

・自動販売機
缶コーヒー×2 240円
スポーツドリンク 100円
お茶 150円
(小計 490円)

(合計 3417円)



食う、寝る、歩く(28日目の1)

In : 28日目, 菩提の道場, Posted by 田原笠山 on 2008/11/15

アヒルたちの声で起こされる。4時30分起床。テントの中でしばらく動かないでいた。6時前に洗顔、6時10分撤収。6時30分出発。この2時間が長かった。暗い道を歩きたくもなかったし、どうせまた長い1日になるのだろうから、眠れるのなら6時ぐらいまで寝ていたいといつも思っていた。

ボクが目ざめたらアヒルたちはすでに活動を始めていた

ボクが目ざめたらアヒルたちはすでに活動を始めていた


須の川公園はかなり広くて、夕べは気がつかなかったけれど、宇和島側のほうには公園事務所や綺麗なトイレ、反対側にはキャンプサイトがあった。有料。こちらに泊まらなければならなかったのだろう。やはり明るい内にねぐらは探すべき。膝の調子は良くなっている。しかし歯の痛みは増している。痛みから解放されない。もうどこが痛いのかさえ分からなくなっていて、歯も実は痛かったのだけれど膝の痛みで分からなかったのかもしれないと考え始めていた。じゃあ、歯痛が治まると、違う痛み発覚するのか、と。

7時30分、下灘はまゆう会ふれあい広場の東屋にて休憩。昨日買ったパンとチーズかまぼこの朝食。8時10分出発。海岸通りを歩く。海には真珠貝の養殖ブイが浮かんでいる。魚釣りのアベックが魚釣りをしている。日曜日の朝だ。

9時00分、南風ポケットパークにてトイレ。綺麗な公園だ。9時20分、大門バス停にて休憩。缶コーヒーを飲む。9時40分出発。

11時、津島大橋の手前を右折して遍路道に入る。津島町岩松の遍路道はなぜだか分からないのだけれど、少し空気が重かった。「おへんろさん休憩所」というのがその旧道に2か所あるはずなんだけれど、分からなかったし、並んである商店も寂れていた。そういう風景が空気を重くしてるように感じた。天気も下っていっていた。

11時20分国道56号線に戻って、ドラッグサカエで鎮痛剤を買う。持ってきた15回分の鎮痛剤がなくなりつつあった。買っておかないといつ買えるか分からない。軽いものだし持っていれば安心だと思った。ドリンク剤とのど飴も買う。薬局に隣接している桃太郎という食堂に入る。ランチ700円。カレーうどん、からあげ、ライス、サラダ。お腹一杯になった。

12時05分出発。少し行って、手に持っていたTシャツを桃太郎に忘れたことに気がつく、振り返ると店の人がこちらに走って来ていた。「あ、すみません」「いえ、お気をつけて」「はい、ありがとうございます」と挨拶して、また歩き始めた。Tシャツもパンツも洗濯してもひと晩では乾かないので手に持って歩いていた。たまに降ったり、ショルダーハーネスにかけたり…。それでパンツは2枚失くした。道路にパンツが落ちていることは、四国では珍しいことではないのかもしれない。他の地域だと、見ることもないと思うけれど。

12時にサンクス津島店にて買い物。非常食がないと安心できない。国道と言えども何もないところも多い。荷物は少し重くなるけれど、気持ちはかなり軽くなる。寝て食うことができれば、生きられる。簡単なシステムなのだ。文明が複雑にする。それだけのこと。

サンクスを出るとまた歩き始めた。

岩松の文六餅屋さん、おじさんと少し話をしました。

岩松の文六餅屋さん、おじさんと少し話をしました。


獅子文六の奥さんの実家がここ津島町岩松で、小説「てんやわんや」はこの地を舞台にいした作品。これから先、松尾峠遍路道には、へんろ小屋「てんや」と「わんや」がある。ちなみに漫才師獅子てんや・瀬戸わんやも獅子文六と小説から命名したそうだ。



松尾峠遍路道の試練(28日目の2)

In : 28日目, 菩提の道場, Posted by 田原笠山 on 2008/11/15

56号線宇和島市津島町、全長1710メートルの松尾トンネルの上を通るのが松尾峠遍路道だ。トンネル入り口を左折、上ってすぐのところにへんろさん休憩所がある。「てん屋」という名前がつけられたコンクリート造りの立派な小屋だ。13時、その休憩所に着いた。少しだけ休憩。中に入る。泊まるのにはもってこいの場所。中には傷絆創膏やトイレットペーパーなんかが置いていて、「どうぞお使いになって下さい」なんて書かれていた。

雑誌や漫画なんかもあって、その中に少し遍路には不向きな雑誌が開いたまま置いてあった。ヌード写真集(というかえろい系の)で、その写真の少女がこちらを悩ましく見つめていたのだ。「そんなに見つめられても」なんて言いながら、やっぱりペラペラとページをめくってみる。少しドキドキした。いやその写真にというよりも、もしも誰かが入ってきて、かなりHな写真を見ている「本当のお遍路さんよねえ」と言われるような男を目撃されたら。

トレッキング・ザ・空海のパンフレットと写真集

トレッキング・ザ・色海の間違いだろ…と思った


「あ、こんにちは」と言ったあとに、何を言おうか、と考え始めた。それよりもとっとと出て行こうと思った。そして見開きにしたまま、外に出た。外に出て「あ、写真を一枚」と、また中に入って3枚ほど写した。

「きっとあれもお接待なんだろう」と思った。あの小屋に泊まるだろう遍路は90%以上の確立で男だろう。そしてここまでの道のり、すでに1ヵ月、いろいろな欲から遠ざかっている。歩き遍路、そして野宿遍路は欲を捨てていると言っても過言ではないだろう。そこに現れた権化かもしれない。あるいは試されているのかもしれない。その目的のために、そこにいつも置かれているのではないかと思った。

中には使用する人もいるだろうし、それを持ち去る人もいるだろう。それはそれで、また罪を考える機会になるのだろうから…なんて考えていた。そして山道を登っていった。不思議な光景だった。壁に書かれた絵とともにインドの「カーマ・スートラ」を思い出していた。色即是色、空即是空。

13時30分、頂上のへんろ小屋「わん屋」に着く。テントや寝袋を広げて干した。池の畔に幕営してそのまま収納したので湿気ていた。晴れ間が見えていたのだけれど、そうしている間にどんどん曇ってきた。ひとり通り過ぎた。「こんにちは」とだけ挨拶を交わした。13時50分出発。天気が心配になってきた。そのへんろ小屋にあった「宇和島ユースホステルお遍路さんプラン2500円」というパンフレットを頂いた。雨が必ず降るだろうと思った。そう思うとねぐら探しが難しくなる。2500円じゃなくても5000円でも泊まりたかった。

欲望はそこに具現した。

へんろ休憩所「てん屋」の外壁絵

へんろ休憩所「てん屋」の外壁絵。この文字も絵も「カーマ・スートラ」的な連想をしてしまった