Category : 9日目

そして修行の道場へ(9日目の1)

In : 9日目, 発心の地, Posted by 田原笠山 on 2008/10/27

朝、目ざめると、そこは良い場所だったということが分かった。
内妻海岸に前夜22時に着いて、そのまま幕営して眠りに落ちたボクは、熟睡していたし、少し遅い朝を迎えていた。身体は完全には回復することはなかったのだけれど、筋肉や関節、皮膚や骨の痛みは和らいでいた。

テント入り口のファスナーを下ろして外に出た。薄曇りの空、太陽は水平線のあたりにいるという気配だけは分かった。近くにはトイレがあり水道があった。橋の下には休憩所もあった。「内妻荘」が見えた。明るい内に着いていたら、と、また後悔した。タイミングが悪すぎる、と思った。少しずつずれていると感じた。勝浦での半日を動いていれば、と思った。

犬の散歩の人がテントの近くに来たので挨拶をした。「昨夜はここに泊まらせていただきました」いつもそう言った。「もう寒いでしょう」とその男性は答えてくれた。「はい」とボクは答えた。。

そして「どこからですか」というようないつもの会話をして、その人は海へ向かって歩いて行った。ボクは撤収を始めた。テントは少し結露していた。そのことで寒さを確認した。

7時、パッキングを済ませると、国道へ向かって歩き始めた。鯖大師を通り過ぎて、あさかわ駅前の待合室にて休憩。1時間しか過ぎていなかったのだけれど、なんだか疲れていた。ベンチに荷物を置いてトイレに行った。そして缶コーヒーを飲んだ。

しばらくすると、今来た道をお遍路さんが歩いてこちらへ向かってきていた。近づくと、Kさんだと分かった。ボクは手を振った。日和佐で10キロ以上先にいっているはずのKさんだったのだけれど、その10キロを昨夜22時まで歩いくことによって、追い越してしまったのだ。正確には、Kさんは内妻荘に宿泊していたので、今朝ボクが追い越したことになるのだけれど。

Kさんが待合室にやって来た。日和佐からの2日間のことをお互い話して、Kさんが先に出発した。ボクは「もう少し休んでから行きます」と言った。「じゃあ、またね」とKさんは言った。

少し足が痛そうだった。ボクも痛かった。踵のところに出来た豆が治らないでいたし、つぶしてもその横にまた出来たりで、範囲が拡がっていた。片足だけではなくて両足、同じよう場所。それでも「BAND-AID キズパワーパッド」は、かなり効果的に傷を治していたし皮膚を保護していた。痛みの場所が確認できるということは、それだけで安心できた。

この後、膝を痛めるのだけれど、どの部分が痛いのか見えないということへの、恐怖みたいなものがあった。それに原因が分からないということは、それだけで不安になった。踵の豆は、そこに在って、それがボクの痛みだった。原因だった。

存在への認識がないと人は不安になる。例えその認識が間違っていたとしても、確認できれば安定するのだろう。訳の分からないものを、訳の分からないもののままに出来るほど、人の精神は怠惰でもないように思う。怠惰ではないのだけれど、その答えが出ないと、不安定になる。例えば「自分の存在」なんてのもそうだろうと考えていた。

ボクは立ち上がってザックのショルダーハーネスを右肩にかけた。そして左肩。ヒップベルトを締めた。右手に持った金剛杖でコツンと地面を叩いた。それを合図に右足を一歩前に出した。歩き始めた。

内妻海岸にて
出羽島(内妻海岸にて)



毛を以て馬を相す(9日目の2)

In : 9日目, 発心の地, Posted by 田原笠山 on 2008/10/27

「毛を以て馬を相す」とは「物事の価値を外見だけで判断することのたとえ」。人は多分にそういうことをする。そしてその判断は正しい時もあるし、正しくない場合もある。

あさかわ駅を出発してから20分後ほどして坂道の途中に休憩所があった。また休憩した。狂い咲きした花を付けている桜の木がそばにあった。道路に散った花びらが、その木の存在を教えてくれた。ボクは少し呆然としてそれを眺めていた。

ふたり連れのお遍路さんがやって来た。
「何日目ですか?」と聞いてきた。
「えっと、9日目です」とボクは答えた。
「何回目ですか?」と次の質問を用意していた。
「初めてなんですよ」
「そうですか。桜の花が咲いていますよ、知ってますか」
「ええ、咲いていますね」

少し嫌な気分になった。
そう聞いてきた人に対しても、そして何よりもその嫌な気分になった自分に対しても。

その人たちはそのまま先へ進んで行った。ボクは暫くそこにいた。少し距離を開けたかった。あさかわ駅から20分後の休憩を後悔した。ここで休憩しなかったら彼らに会うこともなかっただろうに、と思った。

回数を聞かれることもだけれど、「知ってますか」という言葉に過剰反応してしまった。「知らなくてもいいじゃないか」と思った。「回数もどうでもいいじゃないか」と思った。そして「それくらいのことで嫌な気分になることもないじゃないか」と思った。

その日の日記にこう書いている。
『遍路の回数を
納札の色を
自慢する人がいたら、こう言え。
「遍路とは回数なのですね」と。
そして
「回数ならば観光バスの運転手さんやガイドさんは大先達ですね」と。
……
数打ちゃ当たる……それが遍路なのか、と。』

歩き始めた。どうでもいいことだった。「聞かれたら『何回目に見えます』と答えよう」と、意地悪く考えたりもした。

10時にローソン海陽町杉谷店に着いた。買い物をした。そして駐車場でレタスハムサンドを食べた。朝食だった。

金剛杖と花
海陽町国道55号線にて



歩き遍路の恥ずかしい話(9日目の3)

In : 9日目, 発心の地, Posted by 田原笠山 on 2008/10/27

ローソン海陽町杉谷店の駐車場でサンドイッチの朝食を食べて、ボクは歩き始めた。しばらくしてヘンロ小屋第一号香峰があった。今まで見たヘンロ小屋とは違っていて、流しまであってそこで生活できそうな家だった。テーブルの上には「どうぞお飲みください」という手紙とオロナミンCが置いてあった。少し考えたのだけれど、いただくことにした。

「お接待」は断ってはいけないと言われている。それはお接待を行うことによって功徳になるということと、お接待を受けた人がその人の代わりにお参りをしてくれる、ということらしいのだ。要するに「情けは人のためならず」のような精神なのだろうと思った。

断るということがあると、お接待する方もなにかしらのプレッシャーを感じるだろうし…。断れれるということは、多少なりともダメージを受ける。例えば「好きです」と言うときのような、「金貸して」と言うときのような…。そんな感じの。

ヘンロ小屋には20分ほどいただろうか。ボクは歩き始めた。

JR海部駅から先は、阿佐海岸鉄道阿佐東線という第三セクター鉄道が、高知県東洋町の甲浦駅までの8.5㎞をつないでいる。山側を時折一両編成の電車が走っていた。空と海、山という景色を少し近代的なものにしていた。

宍喰の手前の海岸で休憩した。おにぎりを2個食べた。食べ終わった頃に正午を告げるサイレンが鳴った。足の豆の治療をしたし、海をただ眺めていた。眺めることにあきたので立ち上がった。「よいしょ」と声を出した。そして歩き始めた。

道の駅宍喰の前はそのまま素通りした。すぐ横にあるホテルが少し威圧的に感じられていたからかもしれない。その先にあるヘンロ小屋で、ボクはまた休憩した。墓場の横にあるヘンロ小屋だった。そういう場所が似合っているようにも思えていた。死に装束をまとった遍路にとって、そこは不自然な場所ではなかった。そして四国に来る前のボクと言えば、もう半分死にかけていたのだから。

ボクはそのヘンロ小屋に荷物を下ろした。13時過ぎだった。もう少し遅かったら、その日のねぐらになったと思う。おにぎり1個とソーセージを食べた。少し眠くなっていた。ボクは国道を見ていた。呆然としていた。

するとKさんがやって来た。国道とヘンロ小屋は少し離れていたので、Kさんは小屋までは来なかった。ボクに聞こえるように「先に行ってるよ」と叫けぶように言って、先に進んで行った。きっと道の駅で休憩している間にボクが追い越したのだろうと思った。

しばらくすると、懐かしいシルエットが見えた。勝浦で会ったおじさんだった。ボクは手を振った。おじさんはボクのことが分からないのか、少しヘンロ小屋に近づいてからやっと手を振りかえしてくれら。そして小屋にやって来た。

懐かしかった。2日間が懐かしく感じた。その間のことを話し合った。おじさんは、昨日のお昼頃に薬王寺に着いて、どこかのドライブインで昼食バイキングを食べて、そのまま歩いて鯖瀬の鯖大師の通夜堂に泊まったとのことだった。そして今日は宍喰にお昼前に着いてホテルの温泉に2時間ほどいて、今出てきたところだ、とボクに話してくれた。

「休憩室で寝てたよ。そこの温泉は良いよ。久しぶりだったしね」
「そうですか。ボクは昨日、田井ノ浜で水シャワー浴びたんですよ」
「寒かっただろ」
「そうですね。室戸までどうなるか分からなかったもんで…」
「今日はどうするんだ」
「まだ決めてないのですけれど、温泉入って来ようかなあ、って今、それは決めました」
「それが良いよ、それが良いよ」
と繰り返したのをハッキリと憶えている。

おじさんは立ち上がって「じゃあ、先に行ってるね」と小屋を後にした。ボクもすぐに立ち上がって「はいお気を付けて、またです」と言った。そして「ホテルリビエラししくい」に向かった。

入湯料は600円だった。気持ちの良い風呂だった。
ホテルリビエラししくい

平日の午後2時にしてはお客さんが多かった。その人たちの視線が少し気になった。一見さんだから珍しいのかな。なんてことも考えた。更衣室で白衣を着替えていて遍路だと分かっているから、それも珍しいのかなあ。それにちょっと茶髪だし…。普通はもっと真面目っぽいのかねえ…。

とボクは洗い場に行った。鏡に映ったボクを見て、ボクは「うっ」と声を出した。徳島で毛を剃っていたのを忘れていた。ボクの陰部はパイパン(というのだろうか、パイチン?)だった。少しだけ、ほんの少しだけ生えていたのだけれど、それが逆に「剃った」ということを証明していた。

ボクは恥ずかしかった。だけれど「遍路だしね」なんて考えた。きっと剃毛ってのは頭髪だけではないはずだし…。でも「あいつ女癖が悪くて、それが原因で遍路になったのかもよ」なんて思われてないかと、あるいは「ケジラミだよ」なんてことも…。術後なんてことは思われないだろうし、生えているのだから体質でもないだろうし…。

それからボクはゆっくりも出来ないで、早々と出てしまった。風呂場ではあまり堂々とするものではないね、と思った…。僧侶は剃毛するのだろうか。う~ん。

ヘンロ小屋宍喰、道の駅宍喰温泉
ヘンロ小屋、墓、道の駅



そして室戸の見える夕暮れ時にボクは沈んでゆく(9日目の4)

In : 9日目, 発心の地, Posted by 田原笠山 on 2008/10/27

宍喰温泉を14時30分に出発した。
温泉に入ったからだろうか、痛みは減っているようだったけれど、緩んだ筋肉が重く感じた。もう室戸岬までは40㎞という位置にいた。明日には着けるかもしれないと思った。そしてボクはいつの間にか高知県に入っていた。水床トンネルの中間地点が県境だった。

県境を越えるという感激みたいなものもなかった。発心の道場から修行の道場に入ったという宗教的な胸の高鳴りもなかった。国境を越える時のような緊張感、そして煩雑な手続きも必要なかった。ボクは同じように歩いていた。

東洋町の海岸は綺麗だった。16時に白浜海岸で休憩をした。設備の整った海岸だった。観光客だけではなくて地元の人たちもその海岸に集まっては、帳の降りる前の景色を前に今日の出来事を話しているようだった。もう何年も前から同じことが繰り返されているのだろうと思った。ボクは少し離れたところでバターピーナッツを食べた。そして立ち上がった。寝る場所としては人の気配が多すぎたし、儀式のような繰り返される風景の中に立ち入ることが憚られた。

相聞トンネルを抜けて坂道を下ると、ボクは海岸に出た。室戸岬が綺麗に見えた。闇が全てを覆い尽くしてしまうその前に、涅槃像と見まがうほどの全容を海に横たえていた。ボクはそこで立ちつくす。手を合わせた。そうすることが正しい行いのように思えた。そして高知に来たということを実感した。

その実感とともに、涙が溢れてきた。ここに来るまでにもユリさんのことは毎日思いだしていた。ボクはそこに来ることが予め決められていたことのように感じた。運命とはそういうものだ。人は死ぬ。そして空へかえる。土のかえる。海にかえる。循環の中にボクたちはいる。宇宙とはそういうものだ、と、ボクは考えていた。

朝陽の登る方向にテントを張った。ボクは自動販売機で買ったパン2個とおにぎり、ブラックサンダーを食べた。それでもお腹は空いていた。闇がボクの存在を隠してくれた。闇の中にいるほうが安心できた。暗闇の中、波音だけが増幅していった。

野根の海岸にて

野根の海岸にて

*内妻海岸~野根海岸
*野根海岸泊

(出費)
・ローソン海陽町杉谷店
レタスハムサンド 245円
デカウマソーセージ 113円
おにぎり辛子高菜 110円
おにぎりカツオ 105円
おにぎり紀州梅 105円
おにぎり日高昆布 110円
ブラックサンダー 32円
キシリミルク飴 100円
単三電池2P 289円
(小計 1209円)

・自動販売機
コーヒー 120円
スポーツドリンク2本 300円
水 100円
菓子パン2個 200円

合計 1929円