Category : 8日目

海の風景(8日目の1)

In : 8日目, 発心の地, Posted by 田原笠山 on 2008/10/26

夜中に雨が降っていた。目ざめた時には止んでいたのだけれど、降るだろう気配も予感もしていた。6時過ぎに起き出して、いつものようにシュラフをスタッフバックに押し込む、ということから1日が始まった。おじさんも起きていたし、同じようにパッキングをしていた。

朝食として食べるものがなかった。勝浦のサンクスからコンビニがなかったし、平等寺からそこまで食堂を含めて店らしい店がなかったので、食べることも買うことも出来なかった。Kさんからいただいたみかんが効いていた。「あのみかんを食べたから空腹感も抑えられているんだろうなあ」と思った。非常用にピーナッツババターが1袋、車道を歩いて行くという安心感もあった。地図上にそれらしき店は載っていなかったとしても。

その日はボクのほうが先に出発した。「先に行ってますね」とおじさんに言った。「ああ、オレもすぐに出るよ」「はい」と、短く挨拶をして歩き始めた。

ヘンロ小屋を出て、山側のルートを通るか由岐を目指すか考えながら歩いていた。雨が降る予感がしていた。そのことと食料がないということがボクを海へ向かわせた。由岐町の役場やJRの駅、何軒かの民宿、そして海を懐かしく感じていた。

山と海、山の中にいるなにか閉塞感みたいなものよりは、海岸線で海の側にいるほうが開放感があるし、安心も出来るように思った。木々のざわめきよりも波音のほうが心地よかった。山の夜よりは海の夜のほうが眠れた。海辺の街に生まれたからかもしれない。

しばらくして雨が降り始めた。自動販売機のあるところでザックカバーを付けて、レインジャケットを着た。缶コーヒーを飲んだ。バターピーナッツを食べた。それが朝食だった。そして歩いた。雨が激しくなったので、峠の新しい休憩所まで行ったところで休憩をした。雨は止みそうになかったのだけれど。そして雨の中を出発した。

海は見えていた。そのことが少し気持ちを明るくした。鉛色の雲はそのまま水平線で海の中へと潜り込んでいたのだけれど、遠く拡がりのある風景は、自分の位置や方向を確かなものにしていた。海という目印が常に左手に存在していた。そして右手には「南無大師遍照金剛」金剛杖があった。真ん中で生きている、あるいは、生かされているような感じ、がしていた。

田井ノ浜海水浴場にて
帽子(カバー)を付けているのでその部分は日焼けしていない。というかまだ7日目なのに随分と変化はあるものだ、と思っている。ボクは、ほとんど、変化しなかったとしても。体重は減っていたのだろうけれど…。(田井ノ浜にて)



ひとり(8日の2)

In : 8日目, 発心の地, Posted by 田原笠山 on 2008/10/26

ひとり、歩いていた。
雨の日はさらに孤独感が増すように思えた。視界が狭くなるということもあるだろうけれど、雨がボクの身体の周りを囲い、ほかのものとの関わり合いを遮断しているように感じていた。

雨の日は寂しい。菅笠を深めにかぶると、空が見えなくなる。少し前屈みになった身体が、視線を更に下にする、視界を狭くする。気持ちも落ちていくようだった。それに雨具を着用していたとしても、どこからか入ってきた雨や、汗が、身体を湿らせた。動きを制約した。休憩する場所も制限されたので、行動時間も長くなる。そして疲れた。身体だけではなくて、心も。

由岐町はその日「伊勢エビ祭り」だった。交通整理が出ていて、駅の周辺、総合庁舎の周辺は雨の中人で混雑していた。数件ある民宿は、きっとこのイベントのために満室になったのだろうと思った。Kさんのことを考えた。昨日、この先の民宿まで歩いたすると、19時過ぎていたのだろうと思った。

ボクは、その賑やかな風景を避けるように、足早にイベント会場を過ぎ去った。郵便局に行かなければ、そこを通ることもなかったのだけれど。賑やかな風景、楽しそうな家族の笑い声が、寂しさをさらに深いものにした。

郵便局でお金を下ろす。そしてまた歩き始めた。

田井ノ浜海水浴場でトイレ休憩をした。と見るとシャワーがあった。海水浴客用のシャワー。季節外れの海には釣り人がふたり。駐車場は「伊勢エビ祭り」に来た人たちの車だろう、混んでいた。ほとんどの人が目の前の海には無関心だったし、そのまま会場を目指して歩いて行った。

ボクは水シャワーを浴びた。昨夜、髪を洗っていたのだけれど、身体は徳島に泊まって以来洗ってなかった。人混みが、ボクの自意識を呼び起こしたのだろうと思った。そしてその意識が(無意識下であっても)賑やかな場所を避けたいという気持ちにしたのかもしれないと思った。

寒かった。雨は降り続いていた。それでも、小雨になっていたし、空は明るさを増していた。晴れることを予感させていた。

ボクは海岸線を歩き続けた。途中缶コーヒーを飲んだだけで、朝食に食べたバターピーナッツ以外は胃に入れていなかった。空腹感はそれほどなかった。足の痛みや、あるいは孤独感というものと引き替えにされていたのかもしれない。全てが、例えば、一斉に襲ってくるということはないように思った。もしも苦しみや悲しみ痛みというネガティブな感覚が一斉に襲ってきたとしたら、きっと何かが壊れるような気もしていた。きっと。

恋人岬で休憩した。23番札所薬王寺は見えていた。数年前に日和佐には来たことがあった。その時の想い出が蘇った。日和佐城に行ったことなんかを想い出した。もう8年も前のことだった。「ホテル白い燈台」も想い出の中にあった。薬王寺もあった。市街地を歩いたことも、かなり鮮明に想い出の中に存在していた。その想い出を確認するように、ボクは歩いていた。あの頃の想い出と、「今」の想い出を重ねて、そして切り取って、新しい想い出となって、ボクの記憶の中に、置かれてゆくように感じた。

恋人岬にて
恋人岬にて

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日和佐にて(8日目の3)

In : 8日目, 発心の地, Posted by 田原笠山 on 2008/10/26

遍路とは歩くことなのだろう。そして迷うことなのだろう。探し求めて苦しみ、その先にある暗闇にすがる。夜は来る。そして朝も来る。

雨は止んでいた。23番札所薬王寺で「発心の道場」徳島県の23札所を打ち終わり、長い室戸行きが待っていた。ひとつの節目。よく分からないまま200キロほどを歩いてきた。そして迷ってきた。何かが見えてきた、とか、何かが分かった、なんてことはなかったし、ただただ前へ先へと足を繰り返し動かすような日々だった。そのことは、例えば、ライン作業のように感じた。繰り返されることの苦しみや痛み、それを思っていた。

薬王寺には14時に着いた。長い停滞や田井ノ浜でのシャワーが到着を遅くした。中途半端な時間だった。薬王寺近くには宿泊施設が多かった。素泊まり 2500円の宿、善根宿や道の駅もあり「発心の道場」最後の札所、これから向かう「修行の道場」へのさながらターミナルのように感じた。そこでこれから始まる長い旅路への準備、あるいは、傷を癒合させる聖地のようにも感じていた。

14時30分。また迷っていたし、決められないでいた。空腹感、飢えという感覚がボクを前に進める。サンクス日和佐店に入った。非常食も底をついていた。買い物をしたボクは反対側にある道の駅に渡った。日曜日の道の駅は混雑していた。そのことがボクを前へ進めた。少し行くと「どさんこラーメン」があった。ボクはそこでも少し迷ったのだけれど、そして少し通り過ぎたのだけれど、戻って店内に入った。

カルビ丼セット650円を注文した。その店の男の子はボクのその姿を見て、少し戸惑ったようであった。押し込められた思いが、その目の奥に好奇心となって凝縮されているように感じた。ボクも、戸惑っていたし、沈黙していた。注文したものが早く来ることだけを考えていた。

カルビ丼セットは、ボクが想像したとおりだった。その味やその量、温もりにおいて。そのことがボクを安心させたのだけれど、子供の好奇心はどうすることもできなかった。ボクは満腹になって、そして店を出た。室戸へ向かった。

薬王寺にて
線香の香りは人の脳を刺激する作用があるのだろう。帰った後も部屋で線香を焚く。(薬王寺にて)



文明の速さとか弱さとかを考えた長い1日は内妻海岸で終わった(8日目の4)

In : 8日目, 発心の地, Posted by 田原笠山 on 2008/10/26

少し後悔していた。
日和佐のどさんこラーメンを15時過ぎに出たボクは、次の24番札所最御崎寺に向かった。向かったと言っても、約80キロメートル先、歩いて2泊3日の道のりだった。「車で1時間30分」、それが人類が抗いきれない文明の力だった。その力の差、そこが欲望となる、そして希求する。
へんろセンターの看板

国道55号線を歩いていた。国道を少し外れてJR牟岐線やまがわち駅に寄った。駅泊も頭の隅にあったしトイレにも行きたかった。駅舎はなくて、そのままホームにトイレがあった。そしてボクはホームのベンチに座った。「ここじゃ泊まれないか」と独りごちた。夜はそこまでやって来ていた。

歩いていた。駅から国道に戻って、先を急いだ。急いでいたのだけれど、どこへ行くかは決まっていなかった。1時間ほど歩いてコインスナックがあった。そこも寝場所には適してなかった。もう18時を過ぎていた。少し休憩した。

その先を左折してJRへがわ駅に向かった。分かりにくい位置にその駅はあった。少し迷った。街頭の少ない地域だった。暗闇がボクを疲れさせた。気分が滅入った。駅にはなんとか辿り着いたのだけれど、そこも待合室のない駅だったし、あたりに眠れるような場所もなかった。

ボクは来た道を戻って国道に出た。そして歩いた。歩くことしか出来なかった。国道沿いの空き地に眠ろうかと考えたのだけれど、お昼過ぎまで降り続いていた雨が場所を限定していた。

牟岐駅に着いたのは19時30分だった。待合室のある眠れそうな駅だった。ボクはそこで荷物を下ろしてサンクス日和佐店で買った鳥飯むすび3個入りとおにぎり鮭しょうゆ、ピーナッツチョコを食べた。釘打ヘンロ小屋を出発して12時間が過ぎていた。雨の後の少し湿った空気が夜に冷やされて更に重くなりまとわりついていた。それはボクにとって、とても嫌な感じだった。そこでは落ち着けなくなっていた。

人と場所の関係は、人と人のそれよりも難しい。そう思う。

20時40分、牟岐駅出発。ボクはヘッドライトを左手に持ち、金剛杖を右手に持って歩いていた。金剛杖が、邪魔だった。菅笠も、夜には不要のものになった。

海岸が見えた、というか、海岸線を歩いていた。内妻大橋の下の海岸に降りた。そして座った。もう歩く気力はなかった。テントを張ることも迷ったのだけれど、なんとかそれはやってのけた。やってのけたのだけれど、テントに穴を開けてしまった。軽量と引き替えに使われていた15デニールという薄い生地のキャノピーは、破れやすいという弱さがあった。その弱さも文明だった。考えられないような薄さ、僅か800グラムという自立式シェルターだった。

ボクはテントを設営すると、ザックからシュラフを引っ張り出した。マットに空気を入れて膨らまし、シュラフの下に敷いた。もぐり込み、そして、そのまま寝た。やっと1日が終わった。

内妻海岸にて
内妻海岸にて

*ヘンロ小屋釘打~内妻海岸
*内妻大橋下の海岸泊

(出費)
・サンクス日和佐店
ランチパック ツナマヨネーズ 163円
イナバ バターピーナッツ 105円
ピーナッツチョコ 105円
ニッスイ ジャンボソーセージ 113円
おにぎり 鮭しょうゆ 126円
鳥めしむすび3個入り 190円
カロリーメイト 210円
ウェットティッシュ 135円
(小計 1147円)

・どさんこラーメン日和佐店
カルビ丼セット 650円

・自動販売機
缶コーヒー2本 240円
スポーツドリンク 150円

合計 2187円