Category : 5日目

濛雨(5日目の1)

In : 5日目, 発心の地, Posted by 田原笠山 on 2008/10/23

人は必ず死ぬ。

ビジネスホテルの朝は雨だった。いつもの時間に目覚めたのだけれど、そのことを確認するとボクはまたベッドに潜り込んだ。8時前に起き出して、朝風呂に入った。足の痛みは少しだけだけれど和らいでいるように感じていた。

昨日買っておいたスナックパンを朝食にした。そしてパッキングを始める。寝袋を丸めてスタッフバックに押し込む、それと衣類とを一緒に更に圧縮袋に入れて小さくする。カメラと携帯電話の充電器をタッパウェアの中に入れる。薬品類は違うタッパウェアの中だ。洗面道具は防水袋に入れて、それら全てをザックの中に入れる。レインウェアをザックのサイドポケットから取り出す。ザックカバーと菅笠のレインカバーはフロントポケットに入れておいた、それも取り出す。雨用の装備をして、ボクは10時30分ほど前にフロントに行き、チェックアウトを済ませた。雨。

昨夜と同じサンクス佐古八番町店にて食料の買出しをする。その食糧をザックに入れる。金剛杖を握りしめた。歩き始めた。地蔵院経由、地蔵峠越えの十八札所恩山寺打ちだ。今日も少し後戻りする。

徳島市内を避けての地蔵院経由にしたのは、その峠を越えることが、ホテルに宿泊して10時まで停滞していたことへの、4時間という欲望を貪ったことへの、贖罪のように感じていたからかもしれない。

途中道を尋ねる。想像していたよりも長かったからだ。そして20代後半であろうお兄さんは、親切にもボクを地蔵院の入口まで案内してくれた。雨が降っていた、お兄さんは濡れていたけれど、嫌な顔もしなければ、ボクに話しかけてもくれた。ありがたい。その20分という時間のなんと貴重なことかと、ボクは思っていた。

地蔵院に着く。雨はまだ降っていたのだけれど、晴れることを予感させる雲が池の向こうに見えていた。ボクは地蔵院前の公園の東屋に腰を下ろしていた。止むだろう雨、その時間が来るのを待つ。

すぐに、一通のメールを受け取る。10時35分、留守を頼んでいるホッチキスからのメール。

高知から葉書が来ていました。ユリさんのお兄さんからで、ユリさんが今年の四月になくなられた事をお知らせするものでした。

少し驚いた。少し信じられなかった。少し怒りを感じた。少し不思議だった。少し苦しかった。……。よく分からない感情が少しずつボクの中にあった。雨靄が立ち込めていた。名残の雨が降っていた。

ボクは動けないでいた。

十九番札所立江寺にて

十九番札所立江寺にて

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ユリさんの死(5日目の2)

In : 5日目, 発心の地, Posted by 田原笠山 on 2008/10/23

ボクは地蔵院前の公園のベンチで南の空を見ていた。陰雲は相変わらず時間をも隠蔽していた。時は流れていた。ボクはそこにいて、そして流れているだろう時に抗っていた。

日記にこう書いている。

『十数年ぶりに逢えると思っていた。ボクはユリさんと100キロメートル少しの距離の所で雨宿りをしていた。

またボクの好きな人がこの世からいなくなった。

メールが届く。
ボクが四国に来る前にユリさんに出したハガキの返事が、ユリさんのお兄さんから届いたという。

十数年ぶりの約束はあと100キロと少しのところでとうとう果たせないことになった。ボクは地蔵院の池の畔のベンチに座っていて、半分朽ちかけた身体を、例えばシュラフに押し込んで13:00の小雨降るベンチでそのまま眠ろうと思っていた。

ユリさんは4月に亡くなっていた。

最後の2か月は緩和ケアで、死を待つ日々を過ごしたという。そのまた2か月前のクリスマスカードにはボクがユリさんにプレゼントした花かごを20年も過ぎた今も大事にしているということを書いていた。

そのことを書くのがいつものユリさんだった。

この十数年間、何度も逢える機会はあったのだけれど…。ボクも何度か四国に来ていたし、高知にも宿泊したことがあった。

でも逢えないでいた。そうして逢える日がやっと訪れたと思ったら…。

なんと運命のかなしいことか、なんと惨たらしいことか。

そんなことを考えながら、ボクは空を見ていた。もう少しで、例えば車だと2時間もあればユリさんの住んでいた街にたどりつける位置にいる。「永遠」ということを考えていた。そこを通過したとしても時間も距離も、もう変化はしない。永遠、あるいは、不変。

人は死ぬ。そこで時間は停まってしまう。

今回の四国遍路、ユリさんに会うのが楽しみで、そしてそれを目標にもしていた。それがユリさんの墓参りに変わってしまった。ユリさんがボクを四国へ呼び寄せたのかもしれないと思っていた。ボクは歩かなければならなかった。』

ボクは、歩かなければならなかった。ユリさんに逢いに行こうと思った。

14時少し前に、ボクは歩き始めた。地蔵峠を越えて恩山寺を目指した。まだ雨は降っていた。足は相変わらず痛かった。峠の道は急登だった。苦しかった。

でも、緩和ケアでのユリさんの苦しみを想像したら、それはなんでもないことのように思えた。峠を越える間中、涙は流れていた。

地蔵峠の地蔵

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ヤモリとクモと、ボクとゴキブリと(5日目の3)

In : 5日目, 発心の地, Posted by 田原笠山 on 2008/10/23

地蔵峠で雨は降り止んでいた。歩くことの苦しみや痛みがボクの哀しみを分散させていた。「逢いに行く」という気持ちもその苦痛をやわらげていたのかもしれない。行くため歩くのではなくて、行かなければならないから歩くのだ。

県道203号、車道に出ると、ボクはレインジャケットを脱いだ。峠越えで汗をかなりかいていた。

法花のバス停に着いたボクは、そこで休憩をした。荷物も下ろして、菅笠もはずして、靴も脱いだ。身体が軽くなる、緊張が緩む、そうすると秋風が体温を一気に下げる、濡れたシャツがそれを加速する。足を投げ出していた。身体はベンチから落ちるかもしれないというほどの角度を保っていた。

ひとりの女性が近づいてきた。バス営業所の中でバスを待っていたのだろう。そして「歩いて巡わられているのですか?」とボクに話しかけてきた。
「ええ」
「どちらからですか」
「○○からです」
「大変ですね。わたしも何度かお遍路をしたいと思ったことがあるのですが、主人が亡くなって、そしてわたしも体調を崩してしまいまして…」
「大変でしたね」
「あの、これで何か食べて下さい」
と封筒をいただいた。中には1000円が入っていた。(それはあとで開けて分かったのだけれど)
「ありがとうございます」とボクは納札を渡した。

弱っている時には必ず仏が現れる。ボクはそう思っていた。そう思ったのだけれど、それはどうもいけないことのように思った。どんなことがあっても、人に心配をかけるように見えることは、迷惑なことではないかと思っていた。

苦しくても、痛んでいても、悲しくても、怒っていても、どんな時でも、それらすべてが表面に行動に出てしまっているのではないか、と考えていた。そうすることによって、四国の人が、ボクを「助けなくては」と思うのではないか、と。(表面に出ないように我慢、あるいは抑制することは、特に怒りは最後まで出来なかったのだけれど…)

その女性はちょうど来たバスに乗り込もうと向かった。一歩進んで、またボクのほうへ振り向いた。「立江寺で、体調が良くなるようにお祈りして下さい」と言った。「はい、分かりました」とボクは答えた。そして「お名前だけでも」と、その女性の名前を聞いた。ボクは恩山寺と立江寺では、その人だけのためにお経を唱えた、そして「体調が回復しますように」と祈った。

人は病む。そしてユリさんは死んだ。そのことを考えていた。

歩き始めた。もうすぐ夕暮れがせまって来る。小松島市に入り、勝浦川橋を渡る。その橋の中ほど、反対車線のほうにへんろ小屋があった。先客あり。ボクはそのまま直進した。スーパーやハンバーガーショップがある交差点に着く頃には夕方から夜になっていた。ねぐらは決まっていなかった。

ボクは歩いた。病院の近くの道路の下にテントを張ろうかと思った。どこでもよかった。そこで少し休憩した。空模様が少し気がかりだった。雨は降ってはいなかったのだけれど、晴れ間も見えていたのだけれど…。

ボクは恩山寺を目指した。そして恩山寺入り口に着いた。バス停があった。そこに腰を下ろした。もう先には寺しかなかった。ボクはそこに寝ることにした。夕食を食べた。朝サンクスで買ったスナックパン8本入りを食べた。雨が少し降り出した。バスから降りた人たちはそのまま家路を急いでいた。バス停にはほとんど無関心だった。降りる人はいても、乗車する人はいなかった。ボクはシュラフを取り出した。もぐり込まないでその上に身体を横たえた。

ヘッドライトの灯で日記を書いた。壁にはヤモリが逆立ちしていた。クモも様子を窺っていた。その下でボクも蠢いていた。足もとでは大きなゴキブリが這い回っていた。同宿4匹。ボクの問いかけに誰も答えることはできなかった。沈黙が続いた。雨は少し強く降っていた。時折、その雨を轢いて車が通る。その音だけがボクと宇宙を繋ぐ全てのように思えた。ボクは眠りの中へ落ちて行った。

法花バス停
法花バス停にて

*ビジネスホテル蔵宿~恩山寺前バス停
*恩山時前バス停泊

*(出費)
・サンクス佐古八番町店
粗挽きソーセージパン 116円
赤飯おむすび 130円
直巻鳴門産わかめおにぎり 105円
具量感おにぎりダブル 280円
スナックパン 野菜と果物 179円
(小計 810円)
・自動販売機
缶コーヒー 120円
スポーツドリンク2本 280円
ペットボトル水 100円

合計 1310円