Category : 35日目

仙人は遊び凡人は膝が笑う仙遊寺(35日目の1)

In : 35日目, 菩提の道場, Posted by 田原笠山 on 2008/11/22

雨は止んでいるようだった。海が近かったのだけれど、その気配は5階のホテルまでは届いていなかった。5時30分起床。洗顔をして荷物のパッキングを始めた。朝食は6時からだった。長い眠りが身体を蘇生させていた。

6時10分に荷物を持ってロビーに下りてゆく。それからパンとコーヒー、ゆで卵の朝食を食べた。そしてチェックアウト。6時45分に出発した。肌寒い朝。雨上がりのキチンとした朝だった。7時30分、サークルK今治片山店に寄り買い物をした。食料調達というよりも両替をしたかったのだ。

7時45分、五十六番札所泰山寺到着。週末土曜日のせいか参拝客、遍路が数組いた。そして托鉢している人もいた。土日はそういう托鉢遍路が多いように感じた。この日もこの札所だけではなく国分寺でも見かけた。週末は効率がいいのだろうか、なんて考えていた。

8時05分出発。遍路道を歩く。蒼社川につきあたる。渇水期には川の中を歩いたという旧遍路道があるけれど、通れそうになく右折し橋を渡る。橋を渡り少し行ってまた右折、途中から左折して次の札所五十七番栄福寺に着いた。8時40分。栄福寺も歩き、自転車、車、数組の遍路がいた。

栄福寺の無事カエル

栄福寺の無事カエル

ここの足腰のお守りは有名らしくてひとつ買った。それから9時20分出発。ここから海抜約300メートルの作礼山の山頂、五十八番札所仙遊寺に登る。犬塚池から徐々に高度を上げてゆく。県道を渡り遍路道を行くと再度県道に交わるのだけれど、そこからの急登が長かった。山門をくぐって本堂までの階段もさらに急になっていて、途中会った地元の人から「山門に荷物を置いて行ったほうが良い」と教えていただいた。仙人が遊ぶ寺、名前の由来は下に引用した通りだ。

四国霊場 *** 第58番 仙遊寺 ***
その後阿坊仙人と称する憎が四十年間参籠し、養老二年(七一八)四月八日、天雲のごとく忽然と姿を消した。寺名はこの阿坊仙人の名にちなんで仙遊寺とよばれるようになった

結局、荷物を山門に置くことも出来ずにそのまま担ぎ上げた。階段の途中に荷物が置いていた。境内で会った女性のものだった。その人も山門は車道も近いし、ということでそこまでは担いだそうだった。

9時50分仙遊寺着。宿坊、足湯もあるということだった。登りはきつかったのだけれど、ホテルに泊まったことが良かったのか、朝食をたっぷり食べたのが良かったのか、まだ元気だった。その女性遍路と少し話す。彼女は2度目だそうで、最初は全て歩いたそうだけれど、今回は電車やバスもあり、ということだった。

仙遊寺山道の阿坊仙人像(?)

仙遊寺山道の阿坊仙人像(?)

10時15分出発。今度は長い下りだった。作礼山を越した。吉祥禅寺で少し休憩。それから市道を通り、国道196号線交差点に出た。ぐるっと回ったのだけれど、今朝いた今治市内からは電車で1駅、距離で4キロほどだけだった。長い旅を終えた感じがしたのだけれど。



生木地蔵へ(35日目の2)

In : 35日目, 菩提の道場, Posted by 田原笠山 on 2008/11/22

仙遊寺から下りて、JR予讃線伊予富田駅の手前を右折して国分寺に向かった。途中ラーメン福ちゃんの赤い暖簾に誘われて入る。中華そばとおでんの昼食。おかみさんと少し雑談。おでんで焼酎を飲みたい気分になった。その気持ちを振り払い12時05分出発。

12時15分五十九番札所国分寺到着。今治はタオルが名産で、山門近くのお土産屋さんにもそのタオルが並ぶ。ここにも托鉢遍路が自転車でやって来ていた。仙遊寺であった女性遍路に再会。彼女はJR伊予桜井から電車に乗って、六十番札所横峰寺ではなくて六十一番から六十四番を打つので伊予小松駅まで電車で行くとのことだった。その区間を電車を使うと1日、あるいは1日違うということだった。

彼女が先に出発した。ボクは「お気をつけて」と挨拶をして、少しベンチに座ってから出発した。12時40分。県道を通って再度196号線を歩く。今治小松自動車道・今治湯ノ浦IC手前を右折して車道地下横断路を通ったのだけれど、どうも遍路道とは違うようでもう一度横断路の手前まで戻る。違う道を行ったのだけれど、それも遍路道ではないようで、196号線へ引き返した。それから道の駅今治湯ノ浦温泉に行って少し休憩。最初から来ればよかったと少し後悔。

国分寺にて

国分寺にて

世田薬師という看板を右折、高速架橋下を通り、なんとか遍路道に出た。そこで女性の方からみかんをいただく。また少し休憩して歩き始めた。だらりとした登り坂なのだけれど、秋の風景が心地よかった。そして西条市だった。

14時50分、世田薬師に到着。正式には世田山医王院栴檀寺、きうり(胡瓜)に身代りになって頂き病を封じ込めるご祈祷、「きうり封じ」で有名なお寺だ。山門からその手入れされた庭が美しかった。駐車場にあるトイレを借りて少し休憩。15時、また夜が来る。しかも山の中だ。気持ちが徐々に焦る。

そこから遍路道は左に折れるのだけれど、県道をそのまま歩いた。それが間違いだった。間違いそうにない道なのだけれど、途中分からなくなった。自分の位置と方向がだ。東予学園を過ぎて、それから線路があったかを思い出さないでいた。そして道安寺や臼井御来迎を通らないで側道を右折してしまった。(あとで分かったことなのだけれど)

その側道で道を訊ねた。地元の人に地図を見ていただき、やっと自分の位置がはっきりしたのだ。そういう場所がある。ぐるぐる回ると方向感覚が麻痺してしまう時がある。同じ道に戻ったり、逆方向へ行っていたり。道迷いはちょっとした勘違いや気の緩みで起きる。

実報寺交差点を抜け実報寺のところを左折。ここも分かりにくい道だった。地図ではなんでもないのだけれど。

大明神川を渡り、吉岡小学校の裏を通り、県道155号線の真っ直ぐな道路を通った。トイレに行きたかったのだけれど、そのあまりにも真っ直ぐな道路のために、隠れる場所がなかった。結局、工場の駐車場の隅でさせてもらった。それからねぐらをながさなければならなかった。

あてがあった。生木(いきき)地蔵の通夜堂に泊まれると「無料宿泊所一覧」に書いていた。「これがなかったらどうにもならんよ」と言ったおじさんのことを思い出した。一覧表をもらった時には「そんなもんかなあ」と少し否定気味に考えていたのだけれど、この日は「どうにもならんよ」とボクも思った。

丹原の交差点を抜ける頃には夜がやって来ていた。今井交差点を抜けて別格十一番生木山正善寺に着いたのは17時30分だった。たどり着いたという安堵感よりも、福岡八幡神社、生木地蔵のあるその辺りの暗さに少し緊張していた。

丹原町にて

丹原町にて



夜逃げ遍路(35日目の3)

In : 35日目, 菩提の道場, Posted by 田原笠山 on 2008/11/22

生木地蔵(生木山正善寺)に着いたボクは、納経所と思われる建物のほうへと歩いて行った。お婆さんとお孫さんだろう女の子が入り口ちかくに座っていたので「なまき地蔵はここでしょうか」と訊ねた。老女は「いききですよ」と言った。

「あっ」とボクはその間違いをまた繰り返したこと、そのことに驚いた。一度目は途中、道を訊ねた時に言ったのだ。「生木」を「いきき」と最初から読めないで「なまき」と読んでいた癖みたいなものが出たのだ。地図にも「いきき」とルビがふっていたのだけれど…。

「すみません」とボクは詫びて「こちらで泊まらせていただけると聞いたもので」と言った。すると老女は「その上にお泊まりいただいたのですが、今はいろいろあってお断りしているんですよ」と答えてくれた。「そうですか。それではこのあたりでどこか泊まれるような場所はないでしょうか」とまた訊いた。「その先の曲がったところに公園があって、そこに寝ているお遍路さんもいるみたいで」と教えてくれた。少し詳しくその丹原総合公園への道を聞いてお礼を言って生木地蔵を後にした。

明日は横峰寺、あの山へ向かってゆく

明日は横峰寺、あの山へ向かってゆく。風景は哀しすぎるほど静かだった

暗い道は距離よりも長く感じる。不安になっていた。橋の手前で車を止めて訊ねた。というか確認した。30分、(とても長く感じたのだけれど)歩くと大きな公園らしきところに着いた。18時00分。そしてその公園に併設さえている球場のほうへと歩いて行った。球場のベンチ、最初の夜の上板スポーツ公園が思い出された。そしてぐるっと一周回って、三塁側のベンチに座った。それからパンとソーセージを食べた。途中で缶コーヒーを買っていた。もう冷えてしまっていたのだけれど、ねぐらが決まると安心した。18時30分だった。

疲れていた。マットを取り出して空気を入れた。寝袋も出してその上に広げた。そしてもぐり込んだ。もうそのまま眠ってしまおうと思っていた。駐車場で人の声がしていた。

すると突然、隣接しているテニスコートの照明が点いた。あのナイター設備の電灯独特のゆっくりした点き方をした。賑やかな声がしてきた。そしてボールの音が響いてきた。それでも少し離れた場所なので関係ないと思って寝ていた。5分いや10分すると、野球場の電灯がパッチっと音を立てて点った。そしてまたあの独特の光がゆっくりと球場の中央を照らした。

「あ、ここもか」とボクは慌てて寝袋から出た。何人かがセンター側の入り口からグランドに入ってきた。ボクはマットと寝袋を持ち、そしてザックを背負い菅笠、金剛杖をつかむと、ベンチの横の出口からグランドの外に出て、それからグランドに沿ってセンター入り口に向かった。夜逃げ遍路、みたいなもんだなあ、と笑った。誰も何も言わないけれど、何か悪いことをしているように思った。実際そこは寝るところではないので、悪いことなのだろうけれど。

体育館の上の東屋に行った。そしてベンチにマットを敷き寝袋を広げた。グランドではサッカーの練習が始まっていた。19時から21時か22時まで、その時間で借りているのだろうと思った。下の体育館ではバレーボールをしているような音や声が聞こえてきた。

東屋の場所は暗闇だった。
惨めだとは思わなかったけれど、ネズミのような自分を想像していた。コソコソすることもないのかもしれないけれど、後ろめたさがあった。

スポットライト、というよりも、脱走犯が見張塔からのサーチライトに照らされている、そんな感じだと思った。21時を過ぎると電灯は消えてゆき、そして声もなくなり、駐車場を後にする車の音が泣き声のように聞こえた。さよならの合図なのだろうクラクションが闇に突き刺さった。

喩えようのない暗さが訪れた。暖かい夜が救いだった。

遠く西条

遠く西条

今治市通町~西条市丹原町久妙寺
丹原総合公園東屋ベンチ泊

(出費)
・サークルK今治片山店
ニッスイジャンボソーセージ 113円
ブラックサンダー×3 93円
カロリーメイト 210円
貼るカイロ1P 53円
(小計 469円)

・ラーメン福ちゃん
中華そば 400円
おでん厚揚げ 100円

・自動販売機
缶コーヒー×2 240円
スポーツドリンク 150円

(合計 1359円)