Category : 31日目

鴇田(ひわた)峠遍路道(31日目の1)

In : 31日目, 菩提の道場, Posted by 田原笠山 on 2008/11/18

内子町大瀬、川口橋バス停。5時30分に目がさめる。準備をしていると朝の放送が始まる。ベートーベンの「第九」だ。遍路としては般若心経のほうが心地いいかもしれない、と考えた。6時15分出発。ダラリとした坂道を下る。柿の産地らしく、道路には無人販売所がいくつかあった。千人宿大師堂には泊まれるということだ。川口橋からもう3キロ。あの時間からだと無理だったか。

雨、薬師堂、およりん市にて

雨、薬師堂、およりん市にて

7時30分、国道379号と380号の分岐点に到着。ここからルートが3つある。
1、左折して379号を吉野川沿いに登ってゆき上田渡から県道42号、室屋台、三嶋神社、下坂場峠、そして鴇田峠を通り久万町内に出るルート。
2、左折せずに小田を通り380号線を大平川沿いに進み大平、真弓トンネルの手前を左折畑峠越えの畑峠遍路道を通り1のルート三嶋神社に出る畑・鴇田峠遍路道ルート。
3、2のコース380号線を真弓トンネルをそのまま通り県道42号線父二峰に出て左折、農祖峠を越して久万に出る農祖峠遍路道ルート。
以上である。小田に道の駅もあり旅館も数軒あるので、前日宿泊して2、3のルートで大宝寺を打つのに良いコースだろうと思うし、3にいたっては国道沿いという安心感や利便性もあるだろう。

ボクは1のコースを選んだ。雨が降っている山間の道は寂しくもあり、そしてコンビニなんてものもないのだけれど、それが遍路といえば遍路だし…。確かに鴇田峠越えはきつかったのだけれど…。

9時少し過ぎ、上田渡の「およりんか市」にて休憩。市はお休みだった。雨が激しくなっていたので雨宿り。そしてトイレ。冷えたのかお腹の調子が悪かった。雨が止む気配もなかった。ここで朝食。カロリーメイト、チョコレート、途中お接待でいただいた柿、それに紅茶。

9時30分、雨の中出発。そのまま歩き続けた。11時00分、三嶋神社着。雨は小降りになっていて、少しすると止んだ。それでも雨雲は低く山の稜線を隠していた。

12時40分、鴇田峠到着。少しだけ休憩した。昨日の朝、コンビニで買って以来、非常食としての買い物をしていない。そしてコンビニがないのでゴミも道の駅から持ち歩いていた。空腹だった。前日のかば忠飯店のランチや道の駅のたこ焼きを思い出していた。

13時20分、久万町内に出る。国道33号線を右折して松山生協に行く。弁当、巻き寿司、パンを買う。巻き寿司をかじりながら大宝寺に向かった。

ミゾレが降り始めた。雨雲は雪雲へと変わっていた。膝が少し痛み出した。峠越えでまた悪化したのかもしれないと思った。それよりも歯が痛くなった。巻き寿司を食べ終わると、鎮痛剤を飲んだ。大宝寺山門だった。

晩秋

晩秋



走り遍路、大宝寺から岩屋寺へ(31日目の2)

In : 31日目, 菩提の道場, Posted by 田原笠山 on 2008/11/18

四十四番札所大宝寺に14時10分に着いた。久万高原は秋を通り越して冬という装いだった。昨日までの雨雲は標高800メートルの鴇田峠からは雪雲に変わっていた。久万の町も標高500メートルの高原に位置する。

大宝寺参道にて

大宝寺参道にて

わずかな距離が風景を一変させる。晩秋の風景は真冬のものへと変わる。みぞれは降り止んだのだけれど、雲は低く稜線をのみ込んでいた。

14時40分出発、遍路道を通り峠御堂隧道の先に出るルートだ。これが急登だった。一気に715メートルの峠を越え、そして下る。それから県道を歩くことになる。道路情報版の温度計が2度と点灯していた。凍結注意と出ていた。16時。ねぐらのことを考えた。このままだと氷点下になる。

古岩屋荘の前で16時20分を少し過ぎた。そのことが気持ちを焦らせた。17時に間に合うだろうかと考えたら、歩く速度が早くなってゆく。その先を遍路道に入る。県道を通ればよかったと後悔する。ここで納経の時間に間に合わなければ、明日朝また往復しなければならない。

前日は郵便局に間に合うように走った。今日もやっぱり17時という時間に縛られた。人は常になにかに拘束される。呪縛される。

駐車場からの階段はかけ上った。清滝寺を思い出した。あの時に、あの坂をかけ上って膝を痛めたのだ。何人かのお遍路さんにすれ違った。挨拶も出来ないぐらいに息があがっていた。鐘の音が聞こえた。ひとつ。そして着いた。そのまま納経所に行って「すみません、先にお願いします」と墨書、朱印を押してもらった。

そして本堂に向かった。汗が流れた。お経も途切れ途切れになった。大師堂に行く頃には少し落ち着いていた。それでも苦しかった。

納経が終わると、また来た道を戻っていった。なぜだか虚しかった。。悔恨と悲嘆は同時にやってくる。17時30分、四十五札所岩屋寺を後にした。

ねぐらを探さなければならなかった。すでに夜になっていた。岩屋寺前のバス停は寝るには良さそうな場所だった。しかしバスを待っている人がいた。それに来る時に何箇所か見つけておいたのでそのまま通り過ぎた。18時国民宿舎古岩屋荘着。とにかく何か食べたかった。そして温泉に入ろうと思っていた。それから考えることにした。

一日が終わった灯明台にろうそくを1本

一日が終わった灯明台にろうそくを1本



夜遍路そして雪の夜(31日目の3)

In : 31日目, 菩提の道場, Posted by 田原笠山 on 2008/11/18

久万高原の絡みつくような闇を抜けて古岩屋荘のフロントにたどり着いた時には「部屋は空いてますか」と言いそうになった。暖かい食べ物と暖かい布団で眠りたいと思っていた。なにがその欲望を押し止めたのか。というと、それは風呂に入れる、という交換条件だったのだろうと思っている。風呂にも入れない状態だと、宿泊という欲望に負けていたのかもしれない。というか、その欲を抑える意味もボクの旅にはなかったのだけれど。現に何泊かはホテルに泊まっていたのだから…。

18時にその古岩屋荘に着いて、そのまま入湯券を購入、2階の浴場に向かった。ちょうどこの日は「温泉祭り」で入湯料が200円だった。ホテルロビーに若い遍路がひとり座っていた。浴場の前がコインランドリーになっている。そこにも若い遍路がひとりいた。時間をそこで過ごして、その後古岩屋荘入り口にある休憩所にでも寝るのだろうと思った。そういったかしこい利用の仕方をする人がいる。ボクには出来ないのだけれど…。

温泉に浸かったあとに食堂に行った。ちょうど宿泊者の夕食の時間で、遍路と思われる人たちが4組、そこにいた。ボクはうどん定食を頼んだ。800円。それを食べ終わると、ねぐらを探して出発した。19時10分。闇はさらに粘度を増して身体にまとわりついていた。山間の道は全くの暗闇だった。

19時30分、西之川のバス停に着く。四方壁、アルミサッシの窓と入り口だ。ここなら寒さをしのげると、来る時に見ていた。もしそこに先客がいたとしても、その先の久万高原ふるさと旅行村の入り口に休憩所があった。

四方壁あり、アルミサッシの窓。透明ガラスは外から丸見えなのだけれど…。

四方壁あり、アルミサッシの窓。透明ガラスは外から丸見えなのだけれど…。

ザックを下ろし、マットを出した。空気を入れて膨らませた。そしてそれを敷いた。線香を焚いた。それから寝袋を出してもぐり込んだ。寒い夜だった。何度か目が覚めた。まだ日付が変わっていなかった。そして何度か眠った。

そうして何度目かに起きた時に外を見ると、雪が降っていた。道路が白く光っていた。ボクはぼんやりとその風景を見ながら、また眠ろうとした。眠らなければと思っていた。それだけを考えた。眠ろうと。

初雪や同行二人杖と足

初雪や同行二人杖と足

*内子町川口橋~久万高原町西之川
*西之川バス停泊

(出費)
・松山生協久万高原店
ファイバーレーズン 100円
おにぎり弁当 298円
田舎巻き(巻き寿司) 350円
(小計 728円)

・国民宿舎古岩屋荘
入湯料 200円
うどん定食 800円
(小計 1000円)

・自動販売機
缶コーヒー、紅茶 240円

(合計 1968円)