Category : 29日目

同じ靴履いてた女の子・・・(29日目の1)

In : 29日目, 菩提の道場, Posted by 田原笠山 on 2008/11/16

4時に目が覚めた。トイレ、休憩所にてコーヒーを一杯頂く。雨は止んでいた。部屋に戻って、また少し寝た。5時30分起床。音を立てないように撤収する。それでも同宿だったオーストラリアのバックパッカー氏を起こしてしまう。挨拶だけして、彼はまた眠ってしまった。ボクはそのまま部屋を出てロビーにてコーヒーを飲みながら新聞を読んだ。それからホステルのご主人に挨拶をして、6時40分出発。雨上がりのしっとりとした山間の空気に包まれる、心地よかった。

道が分からなくなり2回ほど訊ねた。龍光院の猫たちと少し遊んで、合同庁舎、それから踏み切りを渡って、少し行った先を右折、国道ではなくて旧道を通るのが遍路道だ。踏切を3度渡ることになる。サークルKにて買い物。その先、北宇和島駅近くにもローソンがある。その北宇和島駅から少しずつ登り坂になっていった。雨上がりの太陽はまぶしく輝いていた。

県道57号線光満から

県道57号線光満から

8時50分、光満のひとつ手前のバス停にて休憩。そこで休憩したのは、少し前に遍路が歩いていたからだ。その距離がみょうに気になったので、そこで時間を空けて、距離を開けた。9時出発、少し雨が降り始めた。青空も見えていたのだけれど。9時30分、へんろ小屋光満到着。そこで朝食をとる。サークルKで買ったミニタワラランチを食べた。

10時00分出発。少しだけ雨は降っていた。レインジャケットを着た。JR予讃線むでん駅の手前を左折。そこでレインジャケットを脱いだ。

そこでお金がないことに気がついた。失くしたなんてことではなくて、ATMで降ろさなければならなかった。日曜日、昨日5000円ほどの出費だったので、残りが少なくなっていた。そこから西予市卯之町までの遍路道沿いにはコンビにもなさそうだった。そしてなかった。

11時少し過ぎに四十一番札所龍光寺着。参道前の食堂長命水の長命うどんを食べてみたかったけれどお金がなかった。ひとりの女性とすれ違った。宿毛の延光寺でボクが出発する時に山門で手を合わせていた人だった。その一瞬で憶えるほど印象深かった、というよりも、同じ靴を履いていたからだ。色違いだったけれど、その靴をハッキリ憶えていた。

と考えていると、ボクのほうが宿毛を早く出ているのに、ここに来て追い抜かれているのは、いったいどんだけの速度で歩いたのだろうか、なんて思った。龍光寺の裏山を通らないで、山門に戻ってから佛木寺に向かうルートで彼女は、ボクと二度目の遭遇をして去っていった。

ボクはそれから参道を通り階段を登った。そしてまた彼らに会った。

龍光寺の階段、右手の矢印の方向に行くと山道を通る遍路道

龍光寺の階段、右手の矢印の方向に行くと山道を通る遍路道



龍光寺から佛木寺へ(29日目の2)

In : 29日目, 菩提の道場, Posted by 田原笠山 on 2008/11/16

彼ら、宿毛で二度目の再会を果たした年配の二人連れ遍路さんたちに、また会ったのだ。ボクが階段を登って龍光寺の境内に着くと、彼らは出発の準備をしていた。挨拶をする。するとすかさず「階段を下りたところで納経帳を忘れたことに気がついてね、また戻って来たのよ」と話してくれた。「ああ、それは大変でしたね。でも早目に気が付いてよかったですね」と言った。それから少し話して、彼らはまた階段を下りていった。ボクは本堂へと向かった。

龍光寺にて

龍光寺にて

この龍光寺では思い出がある。それは納経所のお婆さんが、ボクの納経帳を見て「これからはお寺も多くなるから、下敷はもう2枚あったほうがいいから」と、新聞紙を切って下敷を作ってくれた。納経帳は一枚の髪を折った袋状になっていて、染みにくくはなっているものの、墨の量などで染みる場合がある。そのために袋の部分にカットした新聞紙を敷くのだけれど、その下敷きはもう2枚あったほうが今後は良いというのだ。1枚だと1寺から2寺分しかないので、この日のように1時間後には次の札所に着くという場合はまだ濡れている場合があるから、ということだった。

後ろには順番を待っている人たちがいた。ボクのほうが恐縮してしまっていた。お婆さんは、それでも何度かハサミで切って納経帳に合わせてくれた。そしてボクに渡してくれた。「はい、これで大丈夫だから」と、その70歳を過ぎている、いや80歳も近いだろう女性は微笑んでくれた。ありがたかった。

11時40分出発。裏山を通って県道に出た。それほど急峻でもなかったし、雨上がりではあったけれどぬかるんでもいなかった。それでも用心をしたのだろう2組ともその道を通らないで迂回して県道へ向かった。

12時10分、佛木寺着。日曜日だからなのだろうか、婦人会という感じの人たちがお接待をしていた。なんだか「ひとつ良いですか」なんてのは言いにくいものだ。「どうですか」と言われてはじめて「あ、すみません、ありがとうございます」なんていただける。その時は、人も多かったのだろう、受けられなかった。それはそれですこし哀しい気分になった。

12時40分、佛木寺出発。少し行ったところの休憩所で二人連れの遍路さんがお弁当を食べていた。ボクは「先に行ってます。また」と道路の反対側にいる彼らに挨拶をして歩いて行った。思ったとおりコンビにも銀行もATMもなかった。そうなるとお腹が空いてきた。不安になってきた。

冬は確実に近づいていた

冬は確実に近づいていた



女遍路ひとり旅、怖くないですか?(29日目の3)

In : 29日目, 菩提の道場, Posted by 田原笠山 on 2008/11/16

仏木寺を12時40分に出発して、遍路道は建設中の松山自動車道の横を通りながら、歯長隧道手前から歯長峠の登りになる。県道からの入り口を少し登ったところに歯長へんろ小屋があった。30分ほどの歩行時間、13時10分着。

見ると、宿毛ですれ違った、そして龍光寺で見た「同じ靴を履いていた」女の子がいた。外のベンチに腰を下ろし日記をつけているところだった。「こんにちは」とボクがいうと、「あ、こんにちは」と答えてくれた。

「雨が止んでよかったね」
「そうですね、昨日も降られて」
「宇和島から?」
「はい」
「宿毛で会ったよね?えっと延光寺で、夕暮れに」と話を始めた。
彼女は前日、雨が降り出したのでバスを使って宇和島入りしたそうだった。それでボクを追い越したのだ。区切り打ちをしているということで、今回も1週間の休みを使って回っているとのことだった。

彼女が出発した。「じゃあ、また」「ええ、追い越しちゃってください」「無理かも」なんて話して、それからボクは昼食のスナックパンを食べた。13時40分発。

同じ靴履いていた女の子

その同じ靴履いていた女の子

30分ほどして彼女を追い越した。そのときに写真を1枚だけ撮らせてもらった。「同じ靴だね」といったら「あ、本当ですね」「雨でぬかるんでたらグリップしなくてね」なんて言いながら別れた。それ以降、会うことはなかった。ひとり山の中で怖くはないのかと思ったのだけれど…。

14時30分歯長地蔵小屋着。少し休憩して出発、導引大師でまた少し休憩。大師堂で宿泊できるとのことだったのだけれど、まだ早い。15時20分、道中安全見守大師休憩所にて休憩。民宿みやこさんからがお接待で置いているみかん2個を頂く。15時30分出発。16時10分少し迷いながら四十三番札所明石寺到着。夕方が近づいていた。お金を降ろせないままだった。

16時40分、出発しようとしたら二人連れの男性がやって来た。「早かったですね」と言った。「急いだよ」ということだった。女の子を見なかったかと訊ねたのだけれど、知らないということだった。ボクは「それじゃあ、またです」と言って急いだ。日曜日、郵便局のATMも早く閉まるはずだった。56号線沿い、JRうのまち駅近くに大きい郵便局があるはずだった。サークルK、サンクスも地図に載っていたけれど。それにキャッシュカードも持っていたのだけれど、なぜだか急いでいた。ねぐらが決まってないというのも気持ちを焦らせた。

明石寺まであと一里

明石寺まであと一里



33日で一周した遍路の話(29日目の4)

In : 29日目, 菩提の道場, Posted by 田原笠山 on 2008/11/16

17時少し前に西予市役所そばの郵便局に着いた。間に合った。途中卯之町の町並みをゆっくり見ることもなく、走るように通り過ぎた。走り遍路…。それから国道56号線を北上、17時30分東洋軒駐車場にあるへんろ小屋宇和に着く。もうすでに暗くなっていた。夜が日毎に早くなる気がしていた。そして寒さも増している。

香炉灰に線香、これだけ見ても美しいと思う。

香炉灰に線香、これだけ見ても美しいと思う。明石寺にて。

荷物を置いてその先のサンクスに買い物。18時、ミニタワラランチとシーフードヌードルの夕食。日曜日のレストラン東洋軒は賑やかだった。へんろ小屋のすぐ横に、前に駐車して、家族が恋人たちが食事に向かい、そして戻ってくる。幸せがそこに溢れていた。そしてボクは静かにそんな声を聞いていた。それも修行だと思った。幸せとは、日曜日の夕方に具体化する。ひとり、サザエさんを見ていたあの頃を思い出す。サザエさん症候群と言われる、期間工たちの日曜日の夕方を思い出していた。

19時になって寝袋に収まる。と、自転車で旅をしている男がやってきた。「こんばんは、誰か来たら違うところに泊まりますから」とその男は言った。へんろ小屋に遍路ではない人が泊まることは、良いことではないのだろう。男はそのことを言っていた。

「僕も遍路だったのですよ」と男は話し始めた。「33日でまわりました」と、そしてその後に痛めた足や疲れた身体を癒して、自転車を買って、もう一周回っているとのことだった。「遍路のときは名所をみることもなく観光をすることもなく、ひたすら歩きましたから」と男は言った。

昼夜歩いたそうだ。そして納経もすることなく、とにかく寺のある場所を巡ったそうだ。それも遍路なのだろう。だから男は菅笠も金剛杖も、まして納経帳も納め札も持っていなかったそうだ。

「スタンプラリー」と表現した、そしてよく表現される巡礼への懐疑から、そういった遍路のスタイルをとる人も多い。あるいはプロ遍路の多くもそういったスタイルだ。巡礼というよりも停滞、あるいは逆に、飛ばして、とにかく四国にいることを目的とする。

男は自分のスタイルでの旅、33日間がどれほど大変だったかを説いた。そして自分がこの一年旅を続けているということを説明した。40を前にしたその男と、0時前まで話をした。というか、22時過ぎたら男の話を聞くだけで、ボクは眠くてしかたなかった。すこしうんざりしていた。男の話にも興味を持てなかった。

どういうスタイルでもいいのだけれど、その善悪を説いた時点で終わりなのだ。

0時少し過ぎに寝た。雨が降っていた。少し寒い夜だった。そして長い1日だった。

国道沿いのへんろ小屋では、夜眠れない

国道沿いのへんろ小屋では、夜眠れない

*宇和島市~西予市宇和町
*へんろ小屋宇和泊

(出費)
・サークルK和霊店
ミニタワラランチ 295円
スナックパンチョコ8P 128円
(小計 423円)

・サンクス宇和れんげ店
ミニタワラランチ 295円
シーフードヌードル 168円
(小計 463円)

・自動販売機
缶コーヒー×3 360円

(合計 1246円)