Category : 24日目

そして足摺へ(24日目の1)

In : 24日目, 修行の道場, Posted by 田原笠山 on 2008/11/11

津呂の善根宿は道路沿いにあって、それもカーブの終わり(始まり)にあるので、車の音がすぐそばに聞こえて、ヘッドライトの灯りが部屋の中をなめるように照らしていた。それでも交通量が少ないのでうるさいとは感じなかった。寒い夜だった。一度夜中にトイレに行った。タヌキが道路を横切った。

それから2時半に目が覚めた。
宿の本棚にあった漫画「リアル」をヘッドライトの灯りで読み始めた。棚には他に何種類かの漫画や小説、語学テキストなんてのもあった。読んでいればそのうちに眠くなるだろうと思っていたのだけれど逆に目がさえてきて、そこにあった何巻かを読んでしまった。膝はあいかわらず痛んでいた。

5時になった。Kさんが前の道路を掃除している音が聞こえた。しばらくして宿の中に入ってきた。そして電灯を点けた。「おはよう」と言った。

「おはようございます」
「5時半ごろまでに出れば金剛福寺の開門に間に合うから」と言った。

開門に間に合う、という意味が分からなかったのだけれど、それに急いでもいなかったのだけれど「そうですか、それじゃ支度して出発します」とボクは少し急いで寝袋を小さく丸めて収納袋に押し込んだ。それをザックの中に入れてから、顔を洗った。膝のテーピングはしなかった。どこか途中でしようと思った。

5時30分を少し回っていた。ボクは宿の弘法大師像に線香をあげた。それからKさんに「お世話になりました。ありがとうございました」と言った。「気をつけてな」とKさんが言ってくれた。

それからゆっくりと歩き出した。痛みを感じていた。アスファルトの道が黒く延びていた。ヘッドライトの灯りを点けた。

足摺の夜明、遠く室戸

足摺の夜明、遠く室戸



金剛福寺(24日目の2)

In : 24日目, 修行の道場, Posted by 田原笠山 on 2008/11/11

津呂を抜けてペンションサライに着く頃には東の空、ボクの左手に広がる太平洋、その水平線あたりが薄っすらと明るくなってきた。県道27号線、散歩の人とすれ違う。途中自販機で缶コーヒーを飲む。そして膝にインドメタシン液を塗ってテーピングした。冬は確かに近づいていて朝は10度を下回るようになっていた。その寒さが痛む場所にしみる。ちょうど虫歯の時の冷たい水のように。

工事中の道路を下ってゆくと、椿のトンネルがあって、そこを抜けるとしばらくして足摺岬の駐車場やトイレ、その先には旅館やお土産物屋さんが並んでいるのが見えた。トイレに行った。そうして顔を洗って身支度を整えた。それから第38番札所金剛福寺の山門をくぐった。7時10分だった。2組すでにお参りに来ていた。早朝の札所は蒔絵の深い奥行きを感じさせた。

足を引き摺りながら足摺岬にたどり着いた。そう思った。「足摺だなあ」と。納経所でお接待のキーホルダーを頂いた。それがうれしかった。室戸までよりも足摺までのほうが辛かった。高知は泣き所だ。歩きながら涙が流れた。自分の意思とは無関係に流れたりもした。ここで終わりではないのだけれど、ここが折り返しのようにも感じた。次の第39番札所延光寺まで月山神社、宿毛経由で72キロ。また長い旅になる。

この38番金剛福寺から39番延光寺まではいくつかルートがある。来た道を打ち戻るコースで、前日泊まったドライブイン水車のある市ノ瀬から三原村に抜ける「市ノ瀬・三原」「市ノ瀬・長谷真念道」、その手前の下ノ加江から県道21号を通って三原に抜ける「下ノ加江・三原」(地図青のコース)。県道27号を進んで321号線「益野・今の山・三原」、この三原村を通る4つのルートはおおよそ50キロ~54キロ(地図緑のコース)。

「竜串・下川口・下切三原」コースが62キロ、月山神社を経由する「月山・宿毛」コースが72キロである(地図黄色のコース)。
(「へんろ道保存協会編 地図編」参考)

金剛福寺・延光寺ルート図
高知県土佐清水市三崎周辺の地図 – Yahoo!地図

二泊した場所(津呂、市野瀬)に打ち戻れば20キロ、半日は早く着くのだろうけれど、初めから宿毛経由を選んでいた。理由、というか、ただ沖ノ島が見たかった。そしてその向こうに九州が見えるはずだった。九州というよりも大分がすぐそこにあるはずだった。そして宿毛からフェリーに乗ればわずか3時間半でその大分に着ける。そういった意識が70キロという距離を曖昧にしていた。ただ、これから見える風景はボクの記憶の中に明瞭に納まっているものだった。 70キロとは比較にならないほどの年月が過ぎ去っていたのだけれど。

足摺の夜は明けて

足摺の夜は明けて



月山神社・宿毛経由(24日目の3)

In : 24日目, 修行の道場, Posted by 田原笠山 on 2008/11/11

そして延光寺までの70数キロが始まった。金剛福寺では手拭いを買った。駅伝選手のタスキのようなつもりで延光寺までいつも握りしめていた。山門を出たところ足摺荘にて朝食を食べる。それから先土佐清水の町まではコンビニがないようだったので、そして食料もなかったので850円の朝食を食べた。暖かい味噌汁が気持ちをなだめた。

8時30分にその食堂を出た。出発する前にペットボトルに水を入れていただいた。気温が上がってきていた。ゆっくりと歩き始めた。「膝は痛む、もう、これは、己の、ある意味コンプレックスなのだ、ゆっくり歩こう」とその日の日記には書いている。ゆっくりということが課題にもなっていた。

民宿夕日あたりだったかなあ。

民宿夕日あたりだったかなあ。

9時20分、足摺へんろ小屋に着く。10分ほど休憩。
10時30分、臼碆神社の休憩所着。トイレ、缶コーヒーで休憩。
11時00分出発。

しばらくするとそれほど遠くないところに沖ノ島が見えた。その向こうには九州がある。九州というよりも方角的に豊後水道を挟んで大分県南部があるはずだった。見えては隠れていた。そうしてまた見えなくなった。

11時50分、中の浜入り口、ジョンマンロード(ジョン万次郎の生誕地なので「ジョンマン」)トンネルのところで休憩。
12時10分発。
13時20分、土佐清水、セイコーマート着。トイレ。
13時30分、近くの薬局にて間接痛の貼り薬を買う。バンテリンミニパッドがなかったので、そこに置いていたサロンパスの製品を買った。880円だった。膝用のサポーターも買おうと思っていたのだけれど、値段が高かったので、また違うところ、例えば100円ショップとかで買おうと思った。そして結局宿毛市内のダイソーで買うことになったのだけれど。

お昼までは何度か休憩を取ってゆっくりとやってきた。土佐清水の町はなんとなく住みやすそうに思えた。大きくない街に商店がキチンとあって、そして薬局のような個人商店が代々の関係を捨てないで商売をしているように感じた。時としてそういう村社会の意識は、組織自体の滅亡にも繋がるのだけれど、海が豊かさをもたらしているのかもしれないと考えていた。強力なリーダーシップの網元や扶助社会のような…。

14時、ほっかほっか亭土佐清水店到着。のり弁当、焼きそば、おにぎり2個を買う。
14時30分、そのまま歩いて、かまど屋の裏の公園で焼きそばとおにぎりを食べた。かまど屋で買えばよかったなあ、なんて思った。暖かいのか桜の花が咲いていた。

15時、出発。ねぐらの当てはなかった。海沿いという安心感はあった。室戸の時のように。ただ、こちら側は、海岸線が厳しかった。道の駅めじかの里土佐清水、地図で確かめてはいたけれど、少し距離があった。5時から歩いている身体は疲れてもいた。

坂井百貨店
売り場面積とか取扱商品数とかの規定はないのだろうし、おk。というかニッコリとなる。



同郷二人(24日目の4)

In : 24日目, 修行の道場, Posted by 田原笠山 on 2008/11/11

その男性と会ったのは国道321号線落窪から下益野への途中、坂道を登りきったあたりの道路わきだった。ボクはその坂を登ったところでかなり疲れていた。もう12時間近く行動していたし、夕方が近くなるとどうしても歩行が早くなる癖があったので、夕方の長い登り坂はボクの何もかもに止めを刺してしまっていた。膝も痛んでいた。

遠く沖ノ島

遠く沖ノ島


その道路わきの奥に広がっている空き地にテントを張ろうかとも考えていた。水はなかったのだけれど、とりあえず食料はあった。少し休んでいると冷えてきたのでザックからフリースを取り出して着ている時に坂道を登ってきたのがそのおじさんだった。

「こんにちは」と言った。
「こんにちは」

ふつうならそこで終わるというがほとんどだった。相手は自転車遍路だったし、ねぐらを決めなければならない時間が押し迫っていた。野宿遍路たちにとって一番忙しい時間帯だった。ねぐらにたどり着いたていたとしても、食事やら洗濯やらで忙しいのは変わりない。

「どこまでですか」とボクが聞いた。
「その先の道の駅か、その先のキャンプ場に」
「じゃあ、もう少しですね。自転車だと20分とかですか?」
と話始めたら、おじさんも本格的に休憩体制にはって、しばらく話した。そして「愛知から来たんですよ」と言ったので「ああ、ボクもちょっと前まで住んでましたよ」と地元の話をした。そうなると、他人でもない感じになってくる。

「じゃあ、ボクも道の駅に行きますから」
「ああ、先に行ってるよ」と、その場は別れた。

同郷二人。
同郷ではないけれど、地理的に分かるところの人と会うのは懐かしいし、落ち着く。後に石鎚駅で同郷の女の子に会うのだけれど、その子は言葉で分かった。「九州だよね」「はい」「あのあたりだよね」「ええ、分かりますか」なんてこともあった。

16時を過ぎていた。歩き始めた。途中、向こうからやってきたお姉さんに大きいふかし芋を頂いた。「お遍路さん」とすれ違いざまに言われて「これ」なんて差し出された。綺麗な人だと、ちょっと驚く。というか、すれ違いに言われると「ドッキ」っとする。

あと3キロ。明るいうちに着きたいと思った。少しまた急いだ。寒くなって着たフリースが邪魔になってきた。

土佐清水の桜

土佐清水の桜


土佐清水、かまど屋近くの公園には桜も咲いていたよ。



めじかの里土佐清水(24日目の5)

In : 24日目, 修行の道場, Posted by 田原笠山 on 2008/11/11

「めじか」は、めじか鮭のことではなくて、そうだかつおのことをめじかと高知では呼ぶそうだ。「かじか」と勘違いしていたのだけれど…。
まるそうだ、そうだがつお、めじか /高知県で獲れる水産物
北海道-雄武町ホームページ | 観光 | 特産品 | 鮭 -めじかの話-

道の駅めじかの里土佐清水に着いたのは17時を少し回っていた。おじさんが売店のベンチに座っているのが見えた。そこへ向かった。
「この軒下でテント張っていいって」
「そうですか、よかった」とボクは言った。それからおじさんはガスストーブとケトルを出してお茶を入れてくれた。すこしそんな道具のことやテントの話なんかをした。

しばらくすると辺りは暗くなった。18時に閉まるという売店にゆき寿司と餅を買った。閉店前セールをしていた。そしてベンチに戻って夕食をとった。売店が閉まって、店の人が帰ると、それからテントを張った。同郷二人、並べて張った。

疲れていた。歩行距離は29キロほどだったけれど、朝早かったのと、久しぶりに長距離歩いたせいか、40キロほど歩いた感じがしていた。おじさんもテントに入って、寝る準備をしているようだった。

ボクは洗顔、洗髪をするためにトイレに行った。そしてそれが終わる母親に電話した。この旅に出て初めてだったし、彼女からもかかってはこなかった。翌日は祖父の三十三回忌だった。そのことや巡礼のことを少しだけ話した。

テントに戻って、それから寝袋に収まった。夜、何度か目が覚める。夕立のような雨が2度ほど降った。長い1日だった。

モンベル ULドームシェルター、アライ トレックライズ

モンベル ULドームシェルター、アライ トレックライズ

*津呂善根宿~道の駅めじか土佐清水
*道の駅泊

(出費)
・金剛福寺
手拭い 200円

・足摺荘
朝定食 850円

・土佐清水の薬局
シップ薬 880円

・ほっかほっか亭土佐清水店
のり弁当 360円
焼きそば 180円
おにぎり2個 200円
(小計 740円)

・道の駅めじか
寿司 280円
あん餅 231円
(小計511円)

・自動販売機
缶コーヒー×2 240円
カップコーヒー 100円

合計 3521円