Category : 15日目

急がば高知県営フェリー?(15日目の1)

In : 15日目, 修行の道場, Posted by 田原笠山 on 2008/11/02

4時起床。起床というか、駅前の朝は早い…。電停のベンチで熟睡などできるはずもなく、疲れていなければ、一睡もできなかったかもしれない。ホームレスのおじさんが、ひとり、駅前のシャッターの前に転がっていた。

JR高知駅南口の多目的トイレで洗髪、洗顔。少しスッキリする。4時30分、そのまま出発。昨日来た道を戻る。サンクス高知五台山店で買い物。おにぎりとカップヌードルの朝食を駐車場の片隅でとる。暖かい食べ物が身体も気持ちも暖かくする。優しさという概念は、きっと火を発明しなければ、生まれなかったのだろうと思う。感情も文明と共に発達してきた。例えば「愛」ということも、高度に複雑化されてしまった。

夜はまだ明けていなかった。五台山の麓を通りすぎ、禅師峰寺に向かう。散歩している人たちとすれ違う、挨拶をする。夜の緊張から解き放される。

禅師峰寺に向かう無人市にて

禅師峰寺に向かう無人市にて


7時50分、三十二番札所禅師峰寺に到着。海が見える。久しぶりの海。浦戸大橋も見える。8時30分に出発する。少し気持ちが焦っていた。というか、高知から離れたかったのかもしれない。日曜日の札所は少しだけ賑やかだった。

禅師峰寺を下りた交差点を、一昨日西岡善根宿で同宿だったプロ遍路氏が横切っていた。雪渓寺方面からだから、逆打ち、また善根宿に向かっているのだろうか。ということは、この辺りをグルグル回っているということなのだろうか。県道14号線沿いにある遍路小屋に泊まっていたのだろうか…色々考える。色々な疑問が浮かんだけれど、きっとそれが彼のスタイルなのだから、誰も否定は出来ないのだろう…。

9時30分過ぎにローソン高知仁井田店着。トイレを借りる。スニッカーズとソーセージを買う。駐車場でスニッカーズを食べる。浦戸大橋を渡るか、種崎から船に乗るか迷っていた。大橋を渡るときっと景色は良いのだろうなあ、なんて考えていたし、気持ちも傾いていた。そして歩いていた。

すると後から声がした。「お遍路さん、お遍路さん」
「はい、なんでしょうか」
「大橋を渡るのですか。それよりも船のほうが良いですよ。元々橋などないのですから。船にしたほうが良いですよ」と言われた。そして種崎の渡船場までの道を教えてくれた。

どうしてだろう、あのように強く勧めるのだろうかと、考えた。お接待、なのか、お節介なのか…。あるいは、県営のフェリーを存続させるために、乗員数を増やすこと必要があるのだろうか、なんてことを考えた。確かに橋は出来たとしても、地域住民にとっては、無料のフェリーは必要なのかもしれない。それに携わっている人もいるのだろうし…。

そしてボクは種崎、高知県営フェリー渡船場に向かった。10時15分に着く。次の便は11時10分だった。出発したばかりだった。5分早ければ、なんて思った。

今思うと、この1時間がなければ、この先苦しまずに済んだのかもしれない、いや、どうして、この日はあんなに急いだのだろうか、と思っている。

禅師峰寺にて

禅師峰寺にて



雪渓寺そして種間寺へ(15日目の2)

In : 15日目, 修行の道場, Posted by 田原笠山 on 2008/11/02

雪渓寺にて。

馬路村の「ごっくん」ゆずジュースは美味い。雪渓寺にて。


高知県営フェリー種崎渡船場に10時15分に着いたボクは次の11時10分の出発を待っていた。待合室はきっと遍路が宿泊したりするのかもしれないと思った。テレビもあったので、ここで日ながらゴロゴロしていても良いかなあ、なんて思ってもいた。

前に進むことばかりを考えていた。約束もなければ早く進まなければならないことも、まして競争しているわけでもなかったのに、なぜだか時間と縁を切ることが出来なかった。計画を立ててしまう。

待合室で少し早いお昼ご飯を食べた。朝、サンクスで買ったゲンコツおむすび(鮭・昆布)とニッスイジャンボソーセージがメニューだった。そのあと少しウトウトしてしまう。暖かい日だった。11時前に大阪から来たというお姉さんふたり連れがやって来た。少しだけ話す。区切り打ちでまわっているその女性ふたりは、室戸までは電車とバスを乗り継いできたそうだ。そして杖を持っていないことを「そうよね、普通は杖から揃えるんでしょ」なんて言った。「セットでまとめて揃えましたから」と答えた。

船は11時10分、定刻に出発した。そして5分後の11時15分に対岸の長浜渡船場に着いた。歩き遍路が4人、ボクと女性ふたり、そして60歳前の男性の方がいた。ボクたちは沈黙していた。瀬戸大橋や海上、空や雲を見ていた。

到着後、女性ふたりが先頭になって歩き始めた。そしておじさん、しんがりがボク。女性たちはかなり健脚だった。荷物も軽そうだったけれど、それよりも歩くということに慣れているように思えた。おじさんも、すこし足を庇っていたけれど、力強く歩いていた。ボクも、つられて少し早くなった。その順番で三十三番札所雪渓寺に到着。11時40分だった。

その女性たちからバナナを頂いた。彼女たちも、そしておじさんも、弁当を食べ始めた。「民宿で作ってもらった」と言った。「多いからバナナは無理だから」とも言った。ボクはお礼を言って、それから少し休憩して12時10分に出発した。

先頭になるのはあまり好きではない。後が気になる。その気持ちが足を速めた。休憩も取らずに、13時30分、三十四番札所種間寺に到着。足の豆が痛かった。右足の親指と人差し指の付け根の間に豆が出来ていた。両足の踵の豆は治らずに範囲を広げていた。急ぐと豆ができる。

少しすると女性ふたりが山門をくぐってきた。

種間寺あたりにて

種間寺あたりにて


そう言えば、まだコスモスの季節だったね。



走り遍路の清滝寺(15日目の3)

In : 15日目, 修行の道場, Posted by 田原笠山 on 2008/11/02

三十四番札所種間寺で納経をすませたのが14時すこし前だった。納経所ではリンゴをいただいた。バナナとリンゴ。ベンチに座ってバナナを食べた。そして足の豆の治療をした。針で水を出す。それを抑えるように救急バンを貼る。それだけのことなのだけれど。

女性ふたりが先に出発した。14時、少し遅れてボクも出発した。

仁淀川大橋の手前で休憩。ふたり連れに追いつきそうになったので、そこでストップ。春野はプロ野球のキャンプ地のはずだけれど、遍路地図ではそれがどこなのかも分からない。仁淀川大橋を渡り右折。川原にはテントを張る良い場所が多い。張野…なんてひとりで笑っていた…。

15時59分(そう日記に書いているのは、コンビニのレシートを元にその日記を起こしたからだろう)ローソン土佐高岡バイパス店に着く。夕食を買う。この先三十五番札所清滝寺まで3キロメートル少し。山道、急登あり…。5時までに着けるのか、と考えた。1時間、もし納経所が閉まったら、明日朝また登らなければならない。駐車場にテントということも考えていた。

と「無料宿泊所一覧表」を見た。三十三番雪渓寺、三十四番種間寺、そして三十五番清滝寺と「通夜堂あり」となっていた。そこに泊まろう。今日は泊めていただこう、と思った。それでも、納経はその日のうちにしたかった。そして翌朝早く出発したかった。

歩き始めた。高知自動車道の高架の下を過ぎた先で、あの女性ふたり連れが向こうからやって来た。「あれ~、早すぎですよ」と言った。

「奥の手を使ったもんね」と、彼女たちは土佐市内のホテルに予約を入れていて、どうしてもその日のうちに清滝寺を打ち終えて、そして早朝に出発したかったということで、登りはタクシーを使ったそうだ。そして荷物もタクシーの営業所に置かせてもらったそうで、空荷での下りだった。

「なるほど、そうなんですか。今から間に合いますかねえ」
「う~ん、どうかなあ」
「とりあえず、頑張ってみます。じゃあまた」
「ええ、また」
と分かれて、ボクは駆けるように歩いた。少し行って歩き遍路に会った。50過ぎのその男性は「無理だよ。車停めて乗せて行って貰えば良い」と言った。

「はい、もしダメなら」と、それ以上のことは話さないようにして、「がんばります」と歩き始めた。

急登。走るように登った。汗が噴き出してきた。声を上げた、というか吠えた。

どうしてか分からないけれど、その日の内に納経をする、ということだけを考えていた。通夜堂に泊めていただくとしても、そうすることが正しい姿のように思えた。走った。

種間寺の底抜け柄杓

種間寺の底抜け柄杓


安産祈願の底抜け柄杓が並ぶ。

タクシー遍路 第34番 種間寺 NAKAMURA-TAXI

観音堂
観音堂には「子育て観音」の額がかかり、観音像のまわりには、底の抜けた柄杓がずらりと奉納されている。観音様の左手の堂には、かわいらしい赤ん坊の像が立っている。本尊の薬師如来は、安産の薬師として有名で、妊婦は柄杓を持って寺へ詣でる。寺ではその柄杓の底を抜き、3日の間安産の祈願をして、お礼とともに柄杓を返す。妊婦は底の抜けた柄杓を床の間に飾り、出産後は柄杓を寺に納める。そのため底のない柄杓が寺に集まっているという。なぜ底のない柄杓がいいの柄杓が奉納されているか?それは「通りがよくなる」ことが、安産に通じるからだとのことである。



清滝寺通夜堂にて(15日目の4)

In : 15日目, 修行の道場, Posted by 田原笠山 on 2008/11/02

走った。
もう限界だった。息が上がっていた。というよりも、吐きそうになっていた。痛みはなかった。

清滝寺参道にて

清滝寺参道にて


16時40分に着いた。山門からの石段は「地獄」だった。
お寺の檀家さんだろう、みかんを売っていた。そのあたりで衣装を整える。その時になって膝が震えはじめる。そこを震源地として体中が震えた。座り込みたかった。

「宿は決まってるのか」と、みかんを売っていたおじさんが聞いてきた。
「いいえ。まだ決まっていません」と答えた。
「ないのなら、通夜堂に泊まりなさい。畳を替えたばかりだから気持ち良いよ。それに二部屋あるから」とすすめてくれた。ありがたかった。

「はい、ありがとうございます。納経してきます」と、本堂へ向かった。本堂、大師堂と納経をして、おじさんのところへ戻ってきた。そして「今夜はお世話になろうと思います。ありがとうございます」と言った。

「食べるものはあるのかい」
「はい、もっています」
「じゃあ、納経所に行って、そう言うといいよ」と教えてくれた。

納経所に行って通夜堂に泊めていただくようにお願いした。住職に快諾していただき、通夜堂に向かった。おじさんが待っていて、部屋まで案内してくれた。そして少し話して帰って行った。

ボクは部屋に上がって身体を横たえた。筋肉や関節が弛緩すると、痛みが襲ってきた。足、豆の部分もだけれど、膝がとても痛かった。それでも、その痛みは今走ってきたからだろうと考えていた。ザックからインドメタシン軟膏を出して塗った。

しばらくして若いお坊さんが掃除にやってきた。きっと住職の息子さんだろうと思うのだけれど。室戸までのことや、高知市内から竹林寺、そこから清滝寺までの道や、この先のことなどを話した。

なんだか久しぶりに会話したという感じがした。すっかり外は暗くなっていた。お坊さんは「それでは、おやすみなさい」と言って、通夜堂を後にした。ボクはローソンで買った夕食を食べた。白大福、その甘さが哀しかった。心の琴線は、状況によっては、ありふれたもので、かき鳴らされる。

少し離れたトイレに行った。土佐市の夜景が綺麗だった。足腰が異常に痛んだ。それでも一晩たてば、と思っていた。通夜堂は静かだった。身体を拭いた。少し冷えてきていた。寝袋にもぐり込んだ。布団があったのでその上に寝袋を広げた。電灯を消した。

自分のものではない身体が横たわっている、そんな感じがしていた。あっという間に、眠りに落ちていた。

清滝寺から土佐市内

清滝寺から土佐市内

*土佐電鉄高知駅前~清滝寺
*清滝寺通夜堂泊

(出費)
・サンクス高知五台山店
手巻きおにぎりカツオ 115円
日清シーフードヌードル 158円
ニッスイジャンボソーセージ 113円
ゲンコツむすび 250円
(小計 636円)

・ローソン高知仁井田店
マルハビックソーセージ 113円
スニッカーズ 120円
(小計 233円)

ローソン土佐高岡バイパス店
白大福 84円
直巻きツナマヨネーズ 110円
直巻き赤飯 120円
おにぎり辛子高菜 110円
まるごとソーセージ 121円
カロリーメイト 210円
(小計 755円)

・自販機
缶コーヒー 120円
スポーツドリンク2 300円

合計 2044円