Category : 結願後

へんろ道

In : 結願後, Posted by 田原笠山 on 2008/11/08

結願後一週間が過ぎた。まだ少し片付けが終わっていないのだけれど、巡礼の疲れは癒えた、と思う。冬が少し厳しさを増したように感じる。あの頃も寒かったのだけれど、こんなに寒かっただろうかと思ったりしている。部屋の中でコタツに入っていて「寒い」と感じるのだから。野に寝ていた頃、わずか一週間前のことなのに…。

今日は久しぶりに歩いてみた。20キロほど歩いた。

朝、何も持たずに歩き始めた。少し歩くと身体が振れる感じがした。どうもバランスが取れない。横に振れる、という感じだけではなくて、縦にもピョンピョンと、うまく歩けない感じがした。

ボクは部屋に戻って、巡礼の時のものより一回り小さいザックを取り出した。そしてちょうど封を切っていない米5キロがあったので、それを20リットルのザックに入れた。カメラも入れた。約6キロ、背負う、歩く、ウェストハーネスを締める。良い感じになった。ボクは歩き始めた。

ステッキも持とうかと思った。金剛杖の代わりに。でも、それはやめた。後で後悔したのだけれど、やっぱりステッキも持てば良かったと思った。身体が杖を持ったときのバランスになってしまっているように感じた。右に少し傾いているような。

一週間歩いていなかったからか、10キロぐらいには足が痛くなった。それでも6キロの重量しか担いでいないと思うと、気持ちは楽だった。あの頃は10キロ少しを、そして毎日歩いていたのだから。

癖は歩くということだけではなくて、例えば交差点や電柱を見ると「へんろ道マーク」を探していた。四国のへんろ道には丁石の他にへんろ道シールなどの道標が至るところにある。それを目印に歩いて行けば、もしかしたら地図はいらないのではないか、と思ったことがある。それほど道標がある。

その道標を確認しながら歩く癖がついているのだろう、帰ってきても、そして歩いているとそれを探す。特に交差点では。

探している自分がおかしくて、笑ってしまう。

20キロ、それほど長くない距離なのだけれど、なんだか疲れてしまった。この距離以上を毎日歩いていたのかと考えると、なんだかそれはとてつもないことのように思えてきた。そして明日は歩きたくないと思っていたり…。
へんろ道



結願後の四国とのつながり

In : 結願後, Posted by 田原笠山 on 2009/07/01

この時期の遍路はたいへんでしょうね。雨と暑さと。野宿遍路にとっては、寝る場所が限定されるということもあって、体力も気力も使い、体調を崩しやすい時期なのでしょう。食べるものにも気を使いますしね。ボクが巡わっていた時期ですと、半日ぐらい賞味期限切れのオニギリでも大丈夫でしたけれど、この時期は賞味期限内でも保管場所次第では痛むということもありますしね。

また雨は衣類や持ち物を濡らすので、そういったことへの気遣いも必要になりますから、衣食住すべてを普通に行うのが難しくなる時期なのでしょうね。

苦労の分だけ……、想い出は多くなると思いますが。ご利益もある、なんてことは、分からないし、だから梅雨時期に巡礼する、なんてことになると、少し動機が不純なようにも思ったり。

苦労の分だけ、そうですね、苦労した場所はよく思い出します。例えば初日とか、焼山寺への道とか。膝を痛めて停滞した浮津海水浴場とか。また、四国についてのニュースがあると、ついつい聞いてしまいます。「ウェルかめ」なんてドラマが始まると、見てしまうのだろうなあ、なんて思ったりも…。

そうそうスーパーに行くと、ついつい四国のものを買ってしまったり。そして食べながら、遍路の日々を懐かしんだりしています。

高知産のニラ、徳島産のオクラを先日買いました。他にもいろいろあるのでしょうが、この2品はシェアが多いのかよく見かけます。あと高知産のブリとか。四国のものがあればそちらを買うようにしています。懐かしい気持ち、そしてそのことで接待への恩返しが出来るかなあ、なんて思っています。

とは言っても、ボクが買える範囲内でのことですけれど…。農産物に札所の名前をつけると良いかもしれませんね。例えば「霊山寺オクラ」とか「竹林寺ニラ」とか。そして八十八の商品を発売すると売れるかも、なんて思っていますけれど…。

でも、野菜の名前に札所を使うとは、なんて怒られるかもしれませんね。

JA土佐くろしおのニラとJAとくしまのオクラ



お遍路さん情報誌「へんろ」

In : 結願後, Posted by 田原笠山 on 2009/07/04

「へんろ」は伊予鉄不動産が発行している月刊のへんろ情報誌です。
お遍路さん情報誌「へんろ」

伊予鉄不動産 「へんろ」編集部/お遍路さん情報紙「へんろ」

全国で唯一、月刊のお遍路さん情報紙です。(四国霊場会公認)
全札所を結び、お四国遍路に関する様々な情報を発信しております。

年間購読は送料込みで1440円です。こうして四国を離れ暮らしていると、四国のことが懐かしく思い出されます。

1月号の表紙は「高知・そえみみずへんろ道 ヘンロ小屋31号落成」という記事でした。ボクが歩いていたときは、ちょうど高速道路の工事のために通行止めで、結局大坂遍路道を登りました。こちらのほうが少しだけ距離が短く、へんろみち保存協会の方たちが復元・整備されているようで、歩きやすいのかもしれないですね。

「酔芙蓉」と名付けられたそのヘンロ小屋が作られた経緯が中外日報社さんのウェブサイトに載っていましたので、そちらを引用します。「へんろ」にも書かれています。

“酔芙蓉さん”を偲ぶヘンロ小屋(社説):中外日報社

これまでの小屋は、歌教授の設計図をもとに、有志の持ち寄った寄付金や、企業のメセナ活動により建設されてきたが、「そえみみず」は故・石橋敬子さんの兄弟姉妹による”一寄進”で建てられた。

大阪府東大阪市に住んでいた石橋さんが熱中症のため、そえみみず遍路道で倒れたのは、平成十五年七月の暑い日だった。

ボクは、今も考えるときがあるんです。どうして歩いたのかなあ、なんて。そして何かを得たかというと、それも分からないし…。苦しかったり辛かったりしたこと、空腹だったり寒さに震えたりしたこと、は、身体が憶えているのですけれど。

そんな苦しかったり辛かったりした時、道路の向こうにヘンロ小屋が見えるとうれしくなったものです。砂漠のオアシスのようなものかもしれません。夜、野宿する場所がなくて、ヘンロ小屋に辿り着いたときの安堵感。その空間にいることで慰撫される疲れた心と身体の感覚も、憶えています。

ヘンロ小屋の記憶のほうがその街や札所よりも濃いという人もいるかもしれませんね。ボクも、夜を過ごしたヘンロ小屋のことはよく憶えています。やはり街並みよりもヘンロ小屋のことのほうが印象深かったところもあります。

そういう意味でも札所を繋ぐ道を、これまた繋ぐのがヘンロ小屋なのだろうと思いました。そしてその小屋を無料で使えるということに、感謝しなければならないのだろうと思いました。

前回「結願後の四国とのつながり」では、四国の特産品をスーパーで見かけるとついつい買ってしまい、そして懐かしく思う、ということを書いたのですが、毎月届く「へんろ」を見ることも、ボクにとっては、つながりで、あの日々のことを思い出すスイッチとなっています。

そしてアルバムを拡げては色あせていない思い出を手繰り寄せているのですけれど。

雨と暑さで大変な時期だと思います。遍路中の皆さんにおかれましては、どうぞ無理をなされずに、ゆっくりゆっくり、ヘンロ小屋で休憩しながらおまわり下さい。

十楽寺にて、仏と献花



遍路宿

In : 四国遍路について, 結願後, Posted by 田原笠山 on 2009/07/06

眠るということが難しい。
それも遍路なのだろう。眠る場所をどれほど探しただろうか。日が落ちても探し歩いて結局22時になったこともあった。そうなると6時から歩き始めたとして16時間も行動するということになる。歩き遍路にとって、夕暮れは地獄にもなる。

民宿やホテルを利用しての遍路にとっても、週末やシーズン中は予約が取れなかったり、取れたとしてもその日の予定歩行距離よりも長く歩かなければならなかったり、あるいは結局なかったり、とにもかくにも眠ることが難しい。歩くことよりも難しく感じた。テントを持っていたとしてもそれは付きまとった。人はどこにでも寝れるものではない。場所の相性みたいなものもある、と思う。

予定通りにゆかないのも歩き遍路ですから、数日先の予約さえも難しくなる。となると、前日、当日という予約になってくる。「満室」という言葉が心も身体も疲弊させる。

岡山発マリンライナー高松行き車内から見た四国の風景

岡山発マリンライナー高松行き車内から

という苦労を誰もがするのでしょうね。へんろ道保存協会の遍路地図にも「四国霊場と宿泊施設一覧表」というのが巻末に付いていますし、その地図にも宿の位置が明示されていて、その宿探しのためのほうが地図を使用する頻度が高いのではないかと思ったことがあります。札所までは道標などがあって、オートマティカルに運んでくれるような場所もありますし。

場所だけではなくて、宿泊代や設備なんてことも気になるところなのでしょう。そのような煩雑さが野宿する人たちにはないですから、楽でもあると思います。それに金銭的な負担もあって、宿に泊まっての遍路は誰でもができるというものではないと思います。それもまた苦労なのだろうと思います。

遍路宿情報ネットワークというのがあって「宿一覧」というのを発行しています。ボクは宇和島で頂いたのですが、ネット上に情報が公開されていて、サイトのある宿泊施設へのリンクしているようです。

過多になりすぎると取捨選択が難しくなり、少なすぎるとまた困難になるのが、宿情報なのでしょうが、この遍路宿情報はお手ごろ価格の施設を中心に66施設(高野山YHを含む)なので、選びやすいかもしれないですね。各地のユースホステルも掲載しているし(というか、主催者がYHの方なので、ユースホステルを中心に掲載しているということなのかな)、素泊りや相部屋の料金もきちんと記されていますから、「たまにホテル」というスタイルの遍路にも優しい一覧表になっているように思います。

毎日豪勢な料理というよりも、安らかに眠れる場所というのが必要なのだろうと思います。食べ過ぎると歩くのにも負担になりますし、体重増はそのまま膝への負担になりますから、少し痩せるぐらいの食事がいいのかもしれないですね。ボクはかなり痩せて体脂肪率9%になりましたけれど、そうなるとまた身体に負担になるでしょうが。

その遍路宿一覧はこちらです。
☆ 遍路宿情報ネットワーク ~ 宿坊・ユースホステル・民宿・旅館・ホテル・ペンション・国民宿舎 ~

雨の日は納経するのも濡れながらだったりでしょうね。ボクは止むのを待っていたりしましたけれど、梅雨時期はそんなことも言ってられないのだろうと思っています。お気をつけて。

遍路宿情報ネットワーク 宿一覧

遍路宿情報ネットワーク 宿一覧


ちなみに「民宿 観梅苑」「旅人の宿 道しるべ」「民宿 寿食堂」「さくら旅館」…と、一番札所付近の宿泊所から順に掲載されています。



道の駅

In : 四国遍路について, 結願後, Posted by 田原笠山 on 2009/07/14

野宿場所を選ぶ条件としては、やはり安心感が第一だろうと思います。駅はどうでしょうか?歩きつかれて一刻も早く横になって眠りたいのだけれど、駅のベンチに18時19時という早い時間に寝袋を拡げるというのもマナー違反でしょうし、中には終電後に閉鎖する駅舎もありますから、安全だとしても熟睡できないし、十分な睡眠を取ることも難しいかもしれませんね。

ボクは浅海駅と石鎚駅のベンチで一泊、それに国分駅の自転車置場で一泊しました。安全な場所だとしても、それに小さな駅だと言っても通勤通学の人たちがいますので、そんなに落ち着けるものでもありませんし、横になるのも憚られるので、やはり窮屈に感じました。窮屈と言うか眠いのを我慢しなければならないというような苛立ちですけれど。

遍路小屋は、四方壁に囲まれているというものは少なくて、冬は寒いだろうし雨が降りこんで来る小屋もありますし、国道沿いという立地のところも多いですから、騒音ということでこれまた熟睡は難しいかもしれませんね。

道の駅も国道沿いにありますし、駐車場が広くて夜は売店が閉店していたとしても自動販売機が営業していますから、車の出入りがありますから、これまた落ち着かないですし。

そもそも野宿するのに快適さとか安心を求めるのが無理なのかもしれませんけれど、ま、それでも上記3箇所が野宿スポットベスト3となると思います。あとは公園でしょうか。公園はパターンがいろいろありすぎるので、ひと括りに出来ないし季節によっても様子が違うでしょうから、やはり次点ということになると考えていますが。

ベストは、と聞かれると、やはり道の駅でしょうか。食べる物もあるし、トイレや洗面所もありますからね。それに附設して温泉や足湯なんてのがある道の駅もありますから、歩き遍路の人たちにはオアシスみたいなものだと思います。

四国には76の道の駅があります。結構あるもんだと道の駅ガイドマップを見ながら思っています。ボクが泊まったのは「温泉の里神山」「めじかの里土佐清水」「大月」「ながお」の5泊です。

利用したのは「第九の里」「日和佐」「宍喰」「やす」「かわうその里すさき」「あぐり窪川」「ビオスおおがた」「すくも」「内子フレッシュパークからり」「今治湯ノ浦温泉」「源平の里むれ」の11施設です。

トイレを利用して洗顔したり水を補給させていただきました。洗髪をしたところもあって、道の駅がなかったらさらに苦しまなければならなかったと思います。ヘンロ小屋もそうですが、道の駅も年々増えているようで、遍路する環境も良くなっているように感じます。

環境が良くなったとしても、歩く距離が短くなるとか、納経が簡略化されるなんてことはないのですけれど。それに環境や方法と、遍路をするということとは、また別の問題だと思います。「思う」ということが大切なのでしょうね。

四国の道の駅の所在地などの詳細は四国の「道の駅」で見ることができます。

太龍寺の提灯

太龍寺の灯明