羯諦羯諦波羅羯諦

In : 出発まで, Posted by 田原笠山 on 2008/10/16

昨日は4時間、20キロほどを歩いたの。
荷物を持っていなくても、こんなに疲れるとなると、例えば10キロとかになるだろうザックを背負ってだと、きっと足もだけれど、全ての関節、筋肉が痛んでくるのだろうね。

そう思いながらパッキングを考えていた。体重計がないので(体重計だけではなくて、どんな種類の秤もないのだけれど)荷物がどれほどの重さなのかが分からない。分からないのだけれども、40リットルのザックがもう少し余裕があるので、それに軽量化を進めたので10キロほどだと思っているのだけれど。背負った感じも、そんなもんかなあ・・・。

おしゃれな地蔵

おしゃれな地蔵


今日は歩きながら「般若心経」をウォークマン(というと固有の商品名だから、携帯音楽プレイヤーと書いたほうがいいのかなあ)で聞いていた。何度か、お寺での研修なんかもしたことあるし、知人にお坊さんがいたり、実家の母が毎日朝晩唱えていたので、少しは知っていたのだけれど、それはみんなもよく知っている「色不異空、空不異色、色即是空、空即是色。受、想、行、色、亦復如是。」とか「羯諦羯諦波羅羯諦波羅僧羯諦菩提薩婆訶。」なんて部分だけで、自分が唱えるとなると、どうもうまく言えないしリズムが取れない。それに意味となるとまったく分からない状況なのだ・・・。

あるガイドブックには

1・合掌礼拝
2・開経褐
3・般若心経
4・御本尊真言
5・光明真言
6・御宝号
7・回向文
8・「ありがとうございました」

というのが読経の順序と記されていて、他のガイドブックには、この他に「懺悔文」「三帰」「三竟」なども唱えると、それも本堂と大師堂にそれぞれ、そうなると「巡礼」などと言ってはいるが、礼拝というよりも、その作法に汲々として、心を込めてなんて出来ないのではないか、なんて思ったり、景色なんてのはもちろんのこと自分さえも見ることが出来ないのではないか、なんて思ったりもして、その読経のことだけで、不安になってしまう。

それに礼拝作法なんてのもあるから、その作法を行うことだけにしか集中できないと言う状態になるのではないか、なんてもっと不安になっては、歩くことよりもそういったことへの不安のほうが大きくなったりもしている。

不安というか、緊張というか・・・。それも、きっと、修行なのだろうけれど。
そう思うと、少しだけ楽になるのだけれど、出発が近づくにつれて、そんなことへの不安が募る。朝晩は冷え込んで来ていて、きっと四国の山間部はもっと寒いのだろうと思うと、少し「楽になった」不安の隙間に、新しい不安が忍び込む。

ザックに詰めた荷物のように、不安も入ったり出たり戻したり、押し込んだり詰め込んだりしながら、旅が始まろうとしている。

1 comment for this entry:
    1 Responses to "羯諦羯諦波羅羯諦"
  1. #1 遍路準備中

    般若心経の和訳を読みました。 観音様が知恵の修行中に体は実態がないので苦しくないと言われた。全てのものに実態はない。菩薩はこの知恵のおかげで涅槃にいます。仏様はこの知恵のおかげでアノクタラサンミャクサンボダイを知り彼岸にわたる。
    金剛頂経には人の心臓に仏様がいるとかいてます。

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