日和佐にて(8日目の3)

In : 8日目, 発心の地, Posted by 田原笠山 on 2008/10/26

遍路とは歩くことなのだろう。そして迷うことなのだろう。探し求めて苦しみ、その先にある暗闇にすがる。夜は来る。そして朝も来る。

雨は止んでいた。23番札所薬王寺で「発心の道場」徳島県の23札所を打ち終わり、長い室戸行きが待っていた。ひとつの節目。よく分からないまま200キロほどを歩いてきた。そして迷ってきた。何かが見えてきた、とか、何かが分かった、なんてことはなかったし、ただただ前へ先へと足を繰り返し動かすような日々だった。そのことは、例えば、ライン作業のように感じた。繰り返されることの苦しみや痛み、それを思っていた。

薬王寺には14時に着いた。長い停滞や田井ノ浜でのシャワーが到着を遅くした。中途半端な時間だった。薬王寺近くには宿泊施設が多かった。素泊まり 2500円の宿、善根宿や道の駅もあり「発心の道場」最後の札所、これから向かう「修行の道場」へのさながらターミナルのように感じた。そこでこれから始まる長い旅路への準備、あるいは、傷を癒合させる聖地のようにも感じていた。

14時30分。また迷っていたし、決められないでいた。空腹感、飢えという感覚がボクを前に進める。サンクス日和佐店に入った。非常食も底をついていた。買い物をしたボクは反対側にある道の駅に渡った。日曜日の道の駅は混雑していた。そのことがボクを前へ進めた。少し行くと「どさんこラーメン」があった。ボクはそこでも少し迷ったのだけれど、そして少し通り過ぎたのだけれど、戻って店内に入った。

カルビ丼セット650円を注文した。その店の男の子はボクのその姿を見て、少し戸惑ったようであった。押し込められた思いが、その目の奥に好奇心となって凝縮されているように感じた。ボクも、戸惑っていたし、沈黙していた。注文したものが早く来ることだけを考えていた。

カルビ丼セットは、ボクが想像したとおりだった。その味やその量、温もりにおいて。そのことがボクを安心させたのだけれど、子供の好奇心はどうすることもできなかった。ボクは満腹になって、そして店を出た。室戸へ向かった。

薬王寺にて
線香の香りは人の脳を刺激する作用があるのだろう。帰った後も部屋で線香を焚く。(薬王寺にて)

2 comments for this entry:
    2 Responses to "日和佐にて(8日目の3)"
  1. #1 minami

    田原笠山さんのサイトを訪れると、いつのまにか文章にひきこまれてしまっていて、歩き遍路を疑似体験しています。

    実際に歩き遍路をしたことのない私には、その苦労や、感情は、わかりようもないのに、しみじみと読みながら、想像の中で歩きながら、いろいろなシーンを思い浮かべています。

    先日、鳴門の渦を見た帰りに、1番「霊山寺」さん、2番「極楽寺」さんと、県外のお客様を連れてお参りに行ってきました。

    極楽寺のたたずまいが好きだと言っていました。

    寺巡りをするといつも、このHPを思い出します。

    田原笠山さんのサイトを知ったのは、「ウェルかめ」がきっかけでした。

    もう半年以上も前のこと...

    あれから季節は過ぎ、ついに今日そのウェルかめの第1回放送がありました。

    田原笠山さんは、見られたでしょうか

    23番、薬王寺さんからの風景がきれいでした。

  2. #2 田原笠山

    minamiさん、こんにちは。

    いよいよ「ウェルかめ」始まりましたね。
    きっと問い合わせなんか多いのだろうと思っていますけれど?

    ボクは、残念ながら1、2回とも見ていません。どこか動画サイトでUPされていないか探して見てみたいと思っていますけれど…。

    もう1年になります。それでも、まだ想い出は新しいままなのですが、また四国に行ける日が来るのかは、どうなんだろう、分からない状態で…。

    行きたいとはいつも思っているのですが…。
    では、また。

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