紹介

こんにちは。田原笠山です。
四国遍路をしようと思ったのは、よく言われるような強い信仰心や迷い、悩みがあったというわけではありません。遍路旅をした2008年は、ボクが失業した年でもあり、9月には受給していた失業保険も終わり、なにかを始めなければならない状況にありました。

ちょうどその頃、リーマンブラザーズの破綻、金融危機が起こりました。そのこととボクの遍路旅とは直接関わりがないのですが、就職が厳しくなる、不況の波が押し寄せてくる、ということは経済に明るくなくても予想できたことでした。

「もう少し待っていようかなあ」という考えがボクの中に起こりました。経済は落ち込むとしても、その程度というものが予想できませんでしたし、雇用する企業も「待ち」の姿勢に転換するのだろうと思いましたから、雇用されたとしてもリストラ解雇ということが起きるだろうと予想していました。結局「派遣切り」などに代表されるような解雇、「100年に一度」と表現される不況がやってきたのですが。

そういう精神状態のまま、数週間、無為な日々を送っていました。きっとそういった日々は長期化するだろうことも経済状況、それにボクの性格を鑑みれば容易に想像できました。

それからの無為な日々をどう過ごすか、ということを考えていると、引きこもると更に長期化するようにも感じていました。そして思いついたのが「旅」でした。100年に一度の経済危機は、ボクにとっては10年に一度の旅行の機会だろうと考えたのです。

海外、ということも頭に浮かびました。昔行ったことのあるインドやネパール、アフリカやタイのことを思いました。予算の問題もありましたし、今後どうなるか分からない状態で出費をし、日本の情勢が分からない海外に行くことは危険なことのようにも思いました。

すぐに四国遍路をしようと思いました。その思いははじめてではありませんでした。もう何度も遍路をしたいと思い続けていたのです。四国や熊野古道、西国遍路はボクの夢でもありましたから。ただ、それをするには「ついで」とか「暇だから」なんてきっかけはどうも不謹慎であるように思っていました。となると、定年とか老後とかの時間に囚われることのない日々に行うべきこと、のように思っていました。

また、遍路や弘法大師と縁のある家に育ったので、いつかはするものだとも考えていました。母は地方にある八十八か所を何度も巡礼しているような信仰心の強い人です。その母も四国の八十八か所は巡わったことがなく、そして高齢になった今は、そのことも叶わない状況になりました。

母の代わりに巡礼する、ということも思いました。そして納経帳を母への贈り物にすることを決めました。そうすることが、その頃のボクには一番良いことで、それがボクが出来る唯一の親孝行だとも思いました。

そういう状況と思いが重なって、10月の初めに計画を立てたのです。その2週間後には四国にいました。

そうして結願後、この「四国遍路」を書いています。何かが変わったか、というと、何も変わっていないように思います。経済は立ち直る気配もなく、ボクの就職も未だに決まっていません。旅の効果や効能、それらに対する信憑性なんてのはなかったし、ないのですが、変化はボクの身体の中で少しずつ起きているのかもしれません。そしてそれは感じ取れないものかもしれません。あるいは、十年後二十年後に芽吹くのかもしれません。

何も見えなかった、と思います。
ボクが見えなかった巡礼の旅を「読んでくれ」というのも間違っているように考えているのですが、遍路旅をするきっかけにでもなれば、参考にでもなれば、なんて思って書きました。そして行けない人のために、なんておこがましいのですが、ボクの接待ということで、書いてみました。

ご意見、ご感想、ご不明な点やご質問などありましたら、コメント欄にご記入いただくか、こちらにメールしていただければ幸いです。

ありがとうございました。





    4 Responses to "紹介"
  1. #1 匿名

    私も去年5月にリストラにあい四国遍路に行きました。1度再就職したのですが、すぐにやめてしまい、1年半たって今だに就職できない状態でいます。ちょうど僕と同じ境遇の人がいるんだとおもいコメントさせていただきました。今、経済的にも精神的にも、苦しい状態でこの先のことが予測がつかず不安な日々が、ずるずると続いています。仕事もリストラとらと言うことで、自信もなくこれから同じような仕事でやっていけるのかすごく不安です。お遍路へいったからといっても確かに何が変わると言ううこともなく、ただいろいろな方と話できたことや、お接待文化にふれたことは貴重な経験となりました。再就職をあきらめず、前向きでがんばっていきたいと思います。お互いがんばりましょう。

  2. #2 田原笠山

    匿名さん、こんにちは。

    そうですか。
    時間がなければ遍路も出来ないので、失業中の方も多いのだろうと思います。失業したから遍路が出来た、そう考える人もいるのだろうとも思ったりします。ボクも、今は、そう思っています。

    確かに再就職には不安がいっぱいですよね。
    それに雇用情勢もよくないので…。

    良い就職先があるといいですね。
    ありがとうございました。

  3. #3 かおる

    こんにちは。今は2015年の1月です。
    田原さんが遍路の旅記を書かれて既に7年経っています。

    本日こちらを発見し遍路日記を初めから終わりまで一気に読み終えました。文章力がとても優れていて面白くて読むのを止めることができませんでした。各所に上手い表現があり感心して読んでいました。また文章力以上に多分本をたくさん読まれていて常にいろんなことを考えていらっしゃる方なのだと思いました。

    読んでとても楽しめましたので一言感謝を言いたくて書き込んでいます。では。

  4. #4 たのしひと

     読み始めてすぐ文章の魅力に惹かれました。
     私も、今年2015年2月~4月に自転車の区切り打ち(宿泊り)でお遍路に行って来ましたが、宿でお会いした遍路の、ほぼ?、どなたからもにじみ出る謙虚さを感じました。おそらく余りの苦しさや不安に知らず知らずに謙虚になられたのではないかと、自分をふり返りながら感じました。
     冷静に自分を語ることは難しいのに、それに挑戦されて、このような素晴らしい文章を残されたことに感銘を覚えます。
     遍路に出かける前と後で、どう変わったかは、悟りなどという形で目に見えればもちろん言う事はないのですが、普通は自覚するという意味では、ほとんど感じ得ない、と私も思っていますが、でも、このようなブログを書かれ、また、機会あるごとに遍路のことを考えるというだけでも、変化と言えるだろうと思っています。そういう意味では、人生の他の局面における変化とそう大きな変わりは無い、とも言えそうですね。しかし、少々ではありますが、宗教的な感覚の変化という意味では、やはり遍路に行っただけのことはあるのだろう、とこの頃思っています。
     いろいろ考えさせていただき、有り難うございました。

    山頭火の俳句が引用されていて、感動しました。遍路にかさねると彼の俳句をいっそう味わい深く感じとれます。

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